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富貴の港

 尾張と三河の境に文字通りの 「境川」 が流れ、衣浦湾に流れ込んでいる。衣浦湾三河側の碧南・高浜と知多半島側の半田・武豊一帯の港湾を 「衣浦港」 という。その中で武豊港は、海が荒れることなく水深も深いことから、自然の良港として古くから発展してきた。
 明治になって、国鉄東海道線敷設のための資材運搬用に、武豊港と熱田駅とをつなぐ武豊線が開通している。かつては港まで列車が走っていたが、現在は武豊駅から先は廃線となっている。(平成25年4月2日の本ブログ「武豊停車場と転車台」参照)

富貴マップ

 武豊の南にある富貴の港は、現在ヨットハーバーとして利用されている。このハーバーは、持ち主による自主管理により運営されていて、80艘のヨットが繋留されている。ハーバーの南には新江川 ① が注ぎ、北には新川 ② が流入している。それぞれの河口部には、高潮などを防ぐための樋門・水門が設置されている。
 富貴の地には浦島伝説があって、この海岸から浦島太郎が竜宮城へ行ったのだ伝えられている。今はほとんど見られないが、かつては松の美しい白浜があったという。その昔話を記念して、浦島橋 ③ ・乙姫橋 ④ 2本の橋が架かっている。

富貴G

中川運河の中川橋

 「中川橋」 は、国道23号線が分岐して金城埠頭へ向かう道路が、中川運河を跨ぐ橋である。昭和5年 (1930) に完成しており、名古屋市内では最も古い 「鋼鉄製アーチ橋」 で、長さは48mである。80年以上も経過して老朽化していたが、“景観的にも美しく歴史的にも貴重である” という判断により、車線を増やして再利用することとなった。
 中川運河の最下流部に位置し、ガーデン埠頭に近いので、シートレインランドの観覧車が背景に見える。地下鉄名港線の築地口は、歩いて10分ほどと近い。築地口の交差点に、錨のモニュメントのある噴水がある。この錨は昭和後期に南極観測船として活躍した 「フジ」 のものである。

中川橋マップ

 中川橋の再利用に際しては、橋台の耐震補強をする必要があった。そこで一旦、上流側40mまで橋を移動して新しい土台を構築した。現在は、新しい頑丈な橋台の上に戻されて、橋自体の改修工事まっ最中である。橋の重量は約600トン、大型ジャッキ4台に乗せて、水平を保ちつつ1時間に4メートルという速さで慎重に移動させた。来年の開通を予定している。
 橋の色は鮮やかなオレンジ色、港のシンボルであり、分かりやすいランドマークでもある。新たな橋を新築するよりも費用はかかるかも知れないが、町の魅力を増進するためには素晴らしい方針だったと思われる。

中川橋G

中川口通船門

 中川運河は昭和5年、名古屋港と名古屋駅の貨物停車場 (旧笹島駅) とを結ぶ運河として誕生した。明治末期以降、名古屋港の貨物輸送は急激に増えており、水上交通路の強化が急務となっていたのである。全長約10km、幅は60~90m、水深は約3mの閘門式・開削運河である。
 中川運河の河口と名古屋港では、1~2mの水位差があるので、船を通航させるには閘門が必要である。その装置が 「通船門」 であり、昭和5年に第一閘門が整備された。最盛期には、通過するために10時間も待たされることがあり、昭和38年に第二閘門が増設された。その構造は、観音開きのマイターゲート式となっている。

中川通船門マップ

 物流の主役がトラック主体となった現在では、平成3年に第一閘門が閉鎖され、第二閘門だけの運用となっている (上の写真①)。 写真の中央 (②) は、中川口ポンプ所で、5基のポンプにより運河側の水を海側へ排水する設備である。右 (③) は、水位調整用の取水門で7門の扉からなっている。昭和48年に排水用として整備されたが、平成2年からは浄化用として使用されている。
 下の写真と図は、名古屋港管理組合のホームページからお借りした。「名古屋版ミニチュアのパナマ運河」 とも呼ばれているが、その様子がよく分かる図版である。
 近年、沿岸用地の新たな利用を展開しようとする 「中川運河再生計画」 が始まっている。

中川通船門G


菖蒲湯

新企画:「季節通信」

 このブログ「中部の土木文化見てある記」は、平成25年2月から始めましたので、はや5年を越えたことになります。そして、発信件数は現在397件、もうすぐ400件に到達します。この間、読者の皆様からのたくさんのアクセスや、当社(中部復建株式会社)社員の激励に助けられて続けることができました。
 今回、新たに「季節通信」として、そのときどきの季節感ある話題を「付録」として添付することにしました。これは、「土木文化」の記事が、ともすれば硬い話題になりがちですので、読者の皆さんに季節感ある情報を差し上げたいとの思いから発想したものです。
 土木文化の取材に歩いていますと、季節季節の花や新緑、秋の紅葉など美しい風景に出会います。私は元々植物や庭園に興味をもつ者ですので、ついついそういった写真も撮ってしまうのです。土木に関わりがない写真も、この5年間でずいぶん貯まってしまいました。そんな写真に小文を添えてご紹介したいと思います。

季節通信「シャクナゲ(石楠花)」
 ツツジの仲間は美しい花を咲かせますが、その中でもシャクナゲは、花の集まりと緑の葉のコントラストにより一段と綺麗で豪華です。最近、石楠花寺とも呼ぶ美しいお寺2か所を見てきましたのでご紹介します。例年は5月初旬ですが、今年は1週間ほど早いそうです。
 ◆上:長野県飯田市の保寿寺。境内の斜面一面にキョウマルシャクナゲが咲いていました。
 ◆下:奈良県宇陀市の室生寺。入口門から奥の院の階段までホンシャクナゲが綺麗でした。

石楠花G
石楠花H

堀川口防潮水門

 堀川は、名古屋城築城時の資材運搬用に開削された運河である。慶長15年 (1610)、徳川家康の命により福島正則が工事を行った。延長は約16km、現在は庄内川水系の1級河川に位置づけられている。昭和34年 (1959) の伊勢湾台風の折には、高潮が堀川を溯上して沿岸に甚大な被害が生じた。
 災害後の復旧・改良事業において、堀川沿岸には川岸いっぱいまで建物が建てられていることから、川岸に防潮堤を新設することは難しい。そこで、河口部に防潮水門を造ることにより被害を防ごうとした。昭和39年8月に完成したのが 「堀川口防潮水門」 である。

堀川口水門マップ

 水門は、名四国道が堀川を跨ぐ 「港新橋」 の下流に位置し、4つのゲートがある。常時は開放されていて、どんな高さの船舶でも航行することができる。高潮や津波の発生時には、下の写真で見るような横向きのジャッキにより扉を閉じる構造になっている。
 平成24年の新聞記事によると、南海トラフ大地震などによる津波には充分に耐えられない恐れがあるという。名港管理組合の発表によると、もともと徐々に水位の上がる高潮を想定して建設された施設であるため、急激に押寄せる津波では変形して閉めることができなくなるかもしれないというのである。補強対策を検討するとあるが、現地を見たところ、水門に続くコンクリート堤防に亀裂が入っており、早期の対策が必要であると考える。

堀川口水門G
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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