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天白川の橋 その1

 天白川は、日進市の米野木あたりから流れ出し名古屋市東部を縦断した後、西に向きを変えて名古屋港へと注いでいく。河口では、名古屋港ワイルドフラワーガーデン 「ブルーボネット」 のある潮見埠頭にぶつかって左折し、伊勢湾岸道路の 「名港東大橋」 の下をくぐって伊勢湾へと流れていく。全長22.7kmの二級河川である。東大橋は 「名港トリトン」 の一つで、今年3月12日のブログで紹介した。

 伊勢湾岸道路には、北から、新しく開通した名古屋高速道路四号線・東海線が東海ジャンクションで合流する。この高架道路は、県道55号線の上部を走っており、天白川を跨ぐ橋梁は2本が重なるように架かっている。県道に架かる橋は、「天白大橋」と呼ぶ。

天白川D


蒲郡の竹島橋

 三河湾の蒲郡沖に、小さな島が浮かんでいる。竹島と呼び、周囲680m、面積約2haの花崗岩でできた島である。標高は22mだが、背の高い樹林に包まれているので、さらに高くこんもりとした森に見える。その植生は常緑の広葉樹であり、内陸の落葉樹の森とはまったく景観を異にしている。わずか2haの樹林に、カゴノキやサカキカズラなど65科238種類もの植物が自生していて、学術的にも貴重なことから国の天然記念物に指定されている。
 島の中ほどに八百富神社が鎮座している。島全体が神社の境内であり、森厳を守るために森が保護されてきた。創立は古く、安徳元年 (1181) という。古来より 「竹島弁天」 と称して、日本七弁天のひとつに数えられている。領主松平家の崇敬は厚く、徳川家康の参拝も受けている。

竹島橋マップ

 陸地近くに島があると波が分かれた後ぶつかり合うので、島との間に浅瀬ができて引き潮時には陸地が見える。フランス北岸のモンサンミッシェルや我が国でも江ノ島などにその地形を見ることができる。この浅瀬に昭和7年、個人の寄進により初めての橋が架けられた。長さ約400m、「竹島橋」 と呼ぶ。現在のものは2代目で、昭和61年に架け替えられたものである。
 島の高台から見ると、対岸に三河山系の山々が遠望できる。手前の丘陵に建つのは蒲郡クラシックホテルである。アールデコ様式の瀟洒な建物で、日の出の絶景ポイントとしても有名である。大正から昭和にかけては「常盤館」と呼ぶ料理旅館で、有名な文人たちの利用も多く、小説の舞台にもなった。

竹島橋A

次のシリーズは「橋」

 平成27年4月から続けてきた 「旧東海道」 のシリーズも 「関宿」 で一段落しましたので、これからどちらの方向へ進もうかと迷いました。「中山道」 とか 「鎌倉街道」 とかいろいろ考えましたが、街道シリーズはまたの機会として、次は 「橋」 のシリーズにします。これまでに35か所の橋を紹介してきました。今後も個性的で、人々に親しまれている橋を探し歩きます。乞うご期待!!

橋シリーズ1
橋シリーズ2

京都南禅寺の水路閣(水路橋)

 洛東の南禅寺境内に、周辺の寺院景観とは異質の構造物がある。煉瓦造りの近代建造物で、アーチ構造が印象的である。これは、琵琶湖からの疎水を通す水路橋で、「南禅寺・水路閣」 と呼ばれている。明治の初め、東京遷都により活力を失いつつあった京都を元気付けようと府知事が企画した琵琶湖疎水の一部である。琵琶湖の水を京都に引いて、新しい産業を興そうとの狙いであった。
 ちょうどその頃、工科大学校 (現東京大学工学部) の学生・田辺朔郎が書いた卒業論文が知事の目に留まり、その 「琵琶湖疎水工事の計画」 が実現する運びとなったのである。第一期工事は琵琶湖から山崎、東山を通って鴨川まで、明治18年に着工して明治23年に竣工している。田辺は卒業後、主任技師となって工事の指揮を執った。

疎水橋マップ

 南禅寺は、鎌倉時代に京都五山に列せられるほどの名刹である。石川五右衛門が “絶景かな!” と謳ったことでも有名な三門を抜けると、法堂に向うまでの左右に多くの塔頭がある。五右衛門が褒めたように境内は豊なみどりに包まれ、特に秋の紅葉は見事である。この静寂な環境に西洋建造物を建設することには、かなりの議論があったことと思われる。
 しかし、今その前に立ってみると、思いがけずしっくりと調和した雰囲気を感ずることができる。多くの観光客も、この不統一の調和を違和感なく楽しんでいるように見える。ローマの水道橋を模したデザインで、煉瓦と花崗岩を材料としアーチをふんだんに取り入れた橋脚である。設計は田辺朔郎本人が行なった。現在は国の史蹟に指定されている。

疎水橋C

京都嵯峨野の渡月橋

 京の北西から流れ込み、都の西端を南下して鴨川と合流する桂川、さらに下流で東から流れてきた宇治川と合わさって淀川となり、大阪湾に注いでいく。京都への入口付近、山陰本線嵯峨野線の終点 「嵯峨嵐山駅」 で降りると、紅葉の名所 「渡月橋」 が間近である。
 その先はトロッコに乗り換えて保津峡まで行くことができる。橋の手前には竹林や天竜寺、落柿舎などがあり、橋を渡ると苔寺や鈴虫寺などがあって、観光名所の枚挙に暇がない。駅でレンタサイクルを借りて名所めぐりをした。駐車場探しに苦労することもなく、もちろん歩くよりも効率的にお寺や庭園を観ることができる。

嵐山マップ

 「渡月橋」 は古く、最初に架けられたのは承和年間 (834~848) である。亀山上皇が月を眺めて “くまなき月の渡るに似る” との感想を述べたことに因んで命名されたとのこと。現在の橋は昭和9年のもので、橋脚と桁は鉄筋コンクリート製、欄干は景観と雰囲気を考慮して木造である。長さ155m、幅員は11mで2車線の車道と両側に歩道がある。
 中洲 (中ノ島) の奥には、屋形舟の船着場がある。ここの舟遊びは後醍醐天皇の時代から続いていて、平安貴族と同じ楽しみを今も味わうことができる。7月から9月にかけては鵜飼も見られるという。渡月橋のすぐ上流に、川幅いっぱいに広がった堰があり、その上流を大堰川と呼ぶ。

嵐山B
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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