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東京オリンピックの聖火台

◆◆東京オリンピック2020の開会式が終わって1週間が経つけれど、新聞やテレビのどこからも声が上がらないので私が書くこととします。このブログは、あまり意見や批判を書かないのですが、この件はどうしても指摘しておきたいのです。聖火台の点火についてです。◆◆

 開会式の各国選手団の行進やダンスなどの演技を見ていて、背景に気になる物体(富士山型のモニュメント)を見つけた。しかし、まさかそんなことはあるまいと悪い予感を打ち消していた。しかし、クライマックスの聖火の点火で、心配が現実のものとなってしまった。やはり「富士山」は点火台であり、その頂上に聖火が点火されたのである。
 このシーンを、富士山の火山噴火と見たのは私だけであろうか? あるいは誰もが、日本の象徴である富士山を世界の人たちにアピールするアイデアとして、何も問題を感じなかったのだろうか? 私としては、「富士山の噴火」は火砕流や降灰をもたらす大災害であり、いくらイベントとはいえ面白・可笑しく扱ってもらっては困るのである。

聖火台マップ

 東京の人たち(神奈川・千葉・埼玉を含む)は、富士山噴火とそれがもたらす大惨事について日頃から警戒心を持っていないのだろうか。関東大震災のような直下型の地震や海溝型(トラフ)大地震による津波と同じように、大被害を生ずる災害とは考えていないのだろうか。そんな来るかどうかも分からない先の心配などしていられないと言うのだろうか。
 300年前の大噴火(1707年の宝永火山の噴火)では、0.7立方キロの火山灰が放出されたという。これが関東平野に降り注ぐと、10000平方キロの面積(東京都2200平方キロの約5倍)に平均7cm堆積する計算になる。首都圏の機能がパンクしてしまう大惨事である。
 設計者は逆説的に・・・ “そのための警鐘を国民に鳴らした” とでも言いたいのだろうか。

東京駅

 日本近代建築の父とも称される辰野金吾は、工部大学校(現東京大学工学部)の一期生としてイギリスの建築家ジョサイア・コンドルから建築を学んだ。首席で卒業した彼は、官費留学生としてヨーロッパで幅広く建築を勉強する。帰国後、大学で教育を行いながら多くの建物を設計した。
 「日本銀行本店」「中央停車場(東京駅)」「国会議事堂」3つを手掛けることが目標であったが、そのうち2つ、日本銀行と東京駅の設計は依頼されることができた。東京駅の設計を始めたのは、明治36年(1903)のことであり、足掛け8年を要して完了したのは明治43年になってからである。

東京駅G

 レンガと鉄筋による3階建てで、長さ330m、総面積約9500㎡の豪壮な洋式建築である。南北にそれぞれドーム屋根があり、乗降口となっている。中央の玄関は皇室専用とされ、一般の人が出入りすることはできない。完成・開業は大正3年(1914)である。
 当初の建物は昭和20年(1945)の空襲により大きな被害を受け、その後70年近くは木造八角形の屋根が乗せられていた。昭和の末に、元通りに復元したいとの市民運動が巻き起り、完成したのは平成12年のことである。費用約500億円は、「空中権の売渡し」により捻出したという。
 中央付近に「中央ステーションホテル」の玄関があった。ラグジュアリー(ぜいたく)なホテルなので我々には縁遠いが、利便は最高であり利用率も高いことと思われる。客室数は150室で、駅舎面積の約半分を占めているという。

飛鳥の「甘樫の丘」

 「無用の豪族、蘇我氏を倒せ」・・・語呂合わせで「大化の改新」は645年と覚えた。中大兄皇子が中臣鎌足と諮って蘇我氏を滅ぼしたクーデターである。ただ最近では、「大化の改新」はその後の政治改革を指すのであって、事件そのものは「乙巳(いっし)の変」と呼ぶ。
 蘇我氏は、専横を極めた「逆臣」と言われてきた。しかし、本当に蘇我蝦夷・入鹿父子は悪逆非道の逆臣だったのだろうか。いやそうではなく、当時、もっとも国際事情に精通した英明な政治家だったという意見もある。聖徳太子と一体になって遣隋使を派遣し、百済から仏教を導入するなど先見の明がある人物だったと。

飛鳥マップ2
◆甘樫の丘から見た天の香具山◆飛鳥の谷を流れる飛鳥川◆甘樫の丘からの法興寺跡と宮殿跡
◆「蘇我入鹿の首塚」、この小さなお墓は誰が造ったのだろう? 入鹿は今も甘樫の丘を見ている? 
◆法興寺跡には、今では小さな「飛鳥寺」が建っている。

 もう一つ大きな功績がある。聖徳太子が建立した「法隆寺」と並ぶ広大な「法興寺」の建設である。(二つ合わせると「仏法の興隆」となる。)この時期、大陸では、唐・高句麗・新羅・百済が勢力争いをしていて不穏であり、いつ日本に戦乱が及ぶかもしれないと蘇我氏は心配していた。
 飛鳥の平面図を見ていただこう。法興寺は飛鳥の谷の入り口に位置している。これは宮殿を外敵から守ろうとする意図と見える。逆に南からの敵は馬子(島の大臣)邸で食い止める。谷に突き出た「甘樫の丘」には蘇我氏の邸宅があり、これも専横の証拠と言われてきた。
 しかし、見方を変えるとこの丘は敵の状況を見張る恰好の管制塔であり山城でもある。蘇我氏は娘を天皇に輿入れさせた外戚であり、皇室とともに繁栄しようと考えていた。「歴史書」(日本書紀など)は勝者が書き残すものだから、注意して読む必要があると思う。

◆ ちょうどこの原稿を書き上げた日に、我家の庭に「タマムシ」が飛んできた。なんという縁であろう!! 今日では貴重な昆虫なので、数枚の写真に収めたのち空へと放してあげた。

季節通信117タマムシ



平城宮の「東院庭園」

 大化の改新(乙巳の変=645年)を成し遂げた天智天皇の後、壬申の乱を経て天武天皇の世となる。天武の後を継いだ持統天皇(天智の娘・天武の皇后)の孫に当たる文武天皇が早逝すると、その母であり持統の妹である元明が天皇を継ぐ。「平城京」は、文武時代に審議され、元明がその思いを成し遂げて710年に遷都した。(ちなみに持統、元明は女帝である。) 
 「乙巳(いっし)の変」「白村江(はくすきのえ)の戦い」「壬申の乱」と動乱の前世紀であったが、ここへ来て安定してきたのであろう、堂々たる都城の建設が行われたのである。東西4.3km、南北4.8km(天白区の面積と同じくらい)、碁盤割りに区画され、中央に朱雀大路が走る。その北端に平城宮がある。

平城宮マップ

 “鳴くよウグイス平安京”と年号を暗記したように、平安京へ遷都した794年の後には忘れられた都となり、ついには田畑となってしまった。明治・大正期になって歴史考察が行われ、保存会も結成された。平成10年に「朱雀門」が復原され、平成22年には「大極殿」も復原されて「平城遷都1300年祭」が開催された。
 大極殿から見て左側、東端に「東院」がある。その東南角に「東院庭園」があった。昭和47年から発掘調査され、平成5年から復原工事が始まり、10年に一般公開された。平安貴族の「寝殿造り」に先立つ日本庭園の原点とも言える庭であり、奈良時代には歴代天皇が宴会や儀式を行っていたという。

季節通信116ミョウガ

岩村の城下町

 岩村へ行くには、明知鉄道を使うのが楽しい。中央線で恵那まで行き、明知鉄道に乗り替える。岐阜県には、樽見鉄道・長良川鉄道・養老鉄道そして明知鉄道と4つのローカル鉄道があり、「ぎふローカル鉄道」という連絡会議をつくって活性化に努めている。車体に企業広告のラッピングがしてあった。
 岩村の城下町は、近世以来、商業活動の中心地として栄えた商家群の町並みである。重厚な塗屋造りの主屋やなまこ壁の土蔵などが、往時の繁栄を物語っている。伝統的建造物群保存地区に指定されている。通りの中ほどに造り酒屋があって、シンボルともいう杉玉や背丈ほどもある大甕が飾ってあった。

岩村の城下町マップ

 一軒の町屋で、何やら工事が行われている。土台を地面から切り離し、ジャッキで持ち上げている。よく、建物を移動する「曳き屋」に用いられる工法だが、どうもここは移動ではなくて基礎の補強を行うようである。持ち上げておいて頑丈なコンクリート基礎を造るのだろう。耐震補強かもしれない。
 どこかのテレビ局の取材ロケ班が、町屋の商店を撮影していた。“古い町並み”での食事やショッピングを紹介する番組であろうか?ディレクター・カメラマン・音声さん・照明用のレフを持った人など、テレビ画面に登場するゲストや司会者以外の人の働きが良い番組に繋がるのだと思う。

季節通信115ラベンダー
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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