fc2ブログ

Latest Entries

岡崎城下・5つの橋 その2

②潜水橋
 乙川のこのあたりは、高水敷が公園になっている。大雨以外のときは、芝生や広場で遊ぶことができる。もちろん桜のシーズンには、多くの人々がシートなどを広げてお花見を楽しんでいる。この公園の左岸と右岸を結んでいるのが「潜水橋」である。
  「潜水橋」は、「沈下橋」あるいは「もぐり橋」とも呼ばれる。大雨などによる洪水時に、川の水中に潜ってしまう橋をいう。堤防の上をつなぐ橋に比べて短い距離で橋ができるメリットはあるが、洪水時には使えない。
 橋に物が絡んで水流を阻害するというデメリットもある。「もぐり橋」の中には転落防止の柵がないものもあるがこの橋には手すり柵がある。洪水時にはゴミや草木などが引っかからないように、柵を倒すことにより水流の妨げを避ける構造になっている。

潜水橋G

季節通信151アオキ




岡崎城下・5つの橋

 ♪♪五万石でも岡崎様は アー ヨイコノシャンセ お城下まで舟が着く ションガイナ・・・♪♪
 江戸小唄・端唄に詠われている。江戸時代、岡崎藩は家康誕生の地として別格の扱いを受けて繁栄を誇っていた。人と物の動きも頻繁で、陸路としては東海道がお城の北を走っている。
 矢作川・乙川は外堀の役目もあるが、水運としても重要であったのだろう。三河湾から矢作川を経て、乙川により「お城下」まで船便が往航していた。

◆岡崎城の南を流れる乙川(別名:菅生川)に、面白い橋がいくつかあるのでご紹介しましょう。
◆下流から・・・①名鉄本線菅生川橋梁 ②潜水橋 ③殿橋 ④桜城橋 ⑤明代橋 です。
◆いずれも歩いて廻れる距離にありますので、桜の時季などに見て廻ることをお勧めします。

乙川の橋

① 名鉄本線・菅生川橋梁
 「乙川」は、またの名を「菅生川(すごうがわ)」というので「菅生川橋梁」と呼ぶ。ちなみに道路に架かるものは「橋」といい、鉄道のものは「橋梁」という。
 この橋梁は、名鉄の前身である「愛知電気鐵道株式会社」が大正12年(1923)に建設したものである。この鉄道会社は明治43年(1910)に設立され、愛知県南東部で事業を展開したが、昭和10年(1935)に「名岐鉄道」と合併して「名古屋鉄道(名鉄)」となった。

乙川①G

岡崎市東公園の観月橋

 岡崎城から東へ3kmほどの、平野が終わって山地にかかる辺りに「東公園」がある。面積約27haの総合公園、紅葉や桜の名所であり動物園もある。池は元々農業用のため池で、カモなどが飛来する自然豊かな景観を保っている。橋で渡る浮御堂があり、池側から樹林などを見ることができる。
 池に連続して花菖蒲園がある。6月には100品種・1万株の花を楽しむことができる。桜・動物園・
浮御堂・花菖蒲園と並べてみると、名古屋の鶴舞公園(昭和12年まで動物園があった)に似ていると思う。開園が昭和3年(1928)と古く、この時代の郊外型総合公園の類型なのかもしれない。

東公園修正

 瓢箪池の窪んだところに木製の太鼓橋「観月橋」が架かっているのも鶴舞(胡蝶池の鈴菜橋=今はコンクリート製)と共通である。池岸にはたくさんのカエデが植えられていて、太鼓橋から見る秋の紅葉は見事である。名の通りこの橋からは綺麗な月が見られるのだろう。池に映るのかも知れない。
 橋脚まで木製の橋を管理するのは大変である。何年かごとに大補修あるいは架け替えをする必要があろう。しかし、和風の庭園景観の中では、橋そのものが添景物としての役割をもっている。観光の名所でも、木製の橋が大きな意味をもつところがある。例えば伊勢神宮の「宇治橋」(2016・5・26参照)や京都の「三条大橋」(2018・6・20参照)などが有名である。

季節通信149冬の渡り鳥

ガラ紡績の遺構(水車と堰堤)

 矢作川の支流・乙川は三河山間部から西に流れて矢作川に合流する。乙川のさらに支流の男川近くに大きな水車があった。残念なことに数年前に老朽化のために撤去されて今はない。直径6.4mもあり、県内最大級であったという。現在も基盤となる石積みや回転のための軸石は残っている。
 かつて岡崎は、「ガラ紡績」の盛んなところであった。ガラ紡績とは、明治の初めに我が国で発明された機械による紡績技術である。「つぼ」と呼ばれる円筒形の容器にワタを詰め、「つぼ」を回転させながらワタを細く引き出して糸を作る方式である。手紡ぎに近い素朴な風合いの糸ができる。

ガラ紡績マップ

 機械の回転には水車が利用された。岡崎周辺は、三河木綿の産地なので原料が入手しやすい。また、乙川・男川・青木川など、大型の水車を動かすのに十分な水量をもつ川も立地に好条件であった。川沿いに紡績工場が建ち並んでいたが、明治中ごろをピークに近代的な機械に圧迫され衰退してしまった。
 乙川の北を流れる青木川流域にも、ガラ紡績の工場が建ち並んでいた。水車をもつ粗壁の建物が多かったが、今はほとんど見ることができない。ただ、鬼祭りで知られる名刹「滝山寺」の前面に、取水のための三段の堰堤が残されるのみである。機械を回すガラガラという騒音は、昔話になってしまった。

季節通信 ワタ


東山植物園の温室

 東山植物園の温室は、昭和12年(1937)の植物園開園当初から公開されてきました。建設から80年近く経って、鉄骨の腐食など老朽化が目立ってきましたので、平成26年(2014)から解体工事を始め、昨年の春(2021)復元工事を完成しました。この間、7年かかりました。
 この温室は、国内の温室としては最も古く、全熔接による鉄骨造りの貴重な建物として、2006年に国の重要文化財に指定されました。今回、温室の前庭も以前と同じデザインで整備されました。さらに、池が水鏡のように改良されましたので「逆さ温室」も見ることができます。

温室G

 これまでの84年間は、けっして平穏だったわけではありません。戦争時の爆撃では、ガラスが吹き飛んだと言いますし、伊勢湾台風のときにも大きな被害を受けました。昭和40年代の温室建設ブームで各地に大規模な温室が建設される中、もっと大きな温室に建替えるべきという声もありました。その度に、この温室を愛する植物園関係者は肝を冷やしました。しかし、重要文化財になった今は、もうその心配はありません。
 この温室の美しいシンメトリーなデザインは、独自のものではなく、欧米にそのルーツがあります。そのいくつかをご紹介しましょう。
◆世界一古く、コレクションも多いロンドン「キューガーデン」の「パームハウス」(左下)。
◆ニューヨークの「ブルックリン植物園」(右上)は、池の形まで似ているのでビックリしました。
◆アイルランドの「ダブリン植物園」(右下)にも、繊細で美しい温室がありました。

温室H

 令和4年(2022)最初のブログ発信です。ガラス張りで明るく、太陽の光を受けて温かい「東山植物園の温室」から始めました。今年こそコロナを克服して、希望溢れる年にしたいものです。
 

▲ページトップ

Appendix

カレンダー

12 | 2022/01 | 02
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

コンパクト月別アーカイブ

最新記事

         

建設・補償コンサルタント

ランキングに参加しています!

プロフィール

FC2USER480348EQK

Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック

        

検索フォーム

QRコード

QR
▲ページトップ