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名四国道と東海道の橋

 伊勢湾岸道路の2kmほど上流に、名四国道が走っている。この道路が木曽三川を渡るのが「木曽川大橋」と「揖斐長良大橋」である。この両橋は、昭和38年(1963)に一般有料道路として供用開始された。当初は二車線であったが昭和41年に下り線が完成し四車線となった。
 いずれも「単純平行弦下路ワーレントラス」という型式である。木曽川の方は12連で約860m、揖斐長良は14連1040mである。昭和47年に豊明と四日市を結ぶ「名四国道」が開通し、両橋はその一部となって無料開放された。

名四マップ

 国道1号が揖斐・長良を渡るのが「伊勢大橋」である。これのペアは「尾張大橋」であるが、長島で曲がることによりずれているので一体の橋には感じられない。昭和9年の開通であるので、名前もその時代を反映している。東海道が「尾張」を過ぎれば「伊勢」の国に入るということだろう。
 幅員は7.5m、長さは1106m、型式は15連の「下部ランガートラス鋼橋」である。当時としては東洋一の規模であり、最高の技術が駆使されているという。橋の中ほどに信号交差点がある。これは、千本松原を走る県道と交わる地点である。長良川河口堰が近くに見える。

伊勢大橋G

伊勢湾岸自動車道「トゥインクル橋」

 伊勢湾岸自動車道路が木曽三川の最下流部を渡るところに、ユニークな2本の橋が架かっている。「トゥインクル木曽川橋」と「トゥインクル揖斐川橋」である。長良川はというと、少し上流で揖斐川と合流しているので2橋となっている。
 2橋は同じ構造・デザイン、同じ幅員(33m)であるが、「木曽川」の方は5径間(柱は4本)1145m、「揖斐川」は6径間(柱は5本)1397mである。合計約2500mという長大な橋で、「名港トリトン」や「豊田アローブリッジ」と並ぶ重要な橋である。

トゥインクル橋G

 どちらも同じ「PC・鋼複合エスクトラドーズド橋」と呼ぶ、世界初の型式である。外観は「斜張橋」に類似していてケーブルが斜めに張られているが、一般のものより角度が緩い。主塔の高さも低い。桁の剛性が高く、構造的には「桁橋」に近いという。
 大きな特徴の一つは、「プレストレストコンクリート(PC)」と「鋼」による複合である。橋脚付近は剛性の高い「PC桁」とし、中央部分は軽量な「鋼箱桁」としている。(写真の赤い矢印がその境界である)もう一つの特徴は施工方法で、コンクリート桁を5mのブロックにして架設する方法で、これにより作業効率が向上している。(黄色い矢印)

トゥンクル橋マップ

堀川の「熱田記念橋」と「御陵橋」

 今度は堀川です。最下流部、「宮の渡し」湊の近くに2本の橋があります。このあたりまで来ると川幅もずいぶん広くなるので、橋長も長くなります。水も見た目には綺麗になりますし、周辺も公園が多くてみどり豊かな景観になります。
 堀川右岸(西側)には、「国際会議場」と、その南に「白鳥庭園」があります。ここはかつて貯木場(「白鳥貯木場」2013年3月6日参照)があったところで、埋め立てて造成しました。国際会議場と熱田公園(県営)を結ぶ橋が架かっています。「熱田記念橋」という名の吊り橋です。

堀川マップ

 東側の着地点は、県営「熱田神宮公園」の中にあります。県の意向として、公園につながる橋の対岸は公園である必要があります。他の用途の土地と公園を橋でつなぐことはできません。国際会議場用地のその部分は、都市公園としました。「白鳥公園」といいます。
 その南の「御陵橋」は、川岸の遊歩道から白鳥古墳に向けて架かる橋です。桁橋ですが、アーチ橋のように中央が高くなっています。これは堀川を船舶が通行しやすいようにしたものだと思われます。このあたりの護岸には桜がたくさん植えられていて、その時季には花見客で賑わいます。

堀川H

山崎川の鼎小橋と萩山橋

 山崎川は、日本さくらの会が指定する「日本さくら名所100選」に選ばれている。愛知県では、ほかに鶴舞公園・岡崎公園・五条川(岩倉~江南~大口)が選定されている。山崎川の桜は、護岸と歩道にも植えられているので、花のトンネルを散策することができる。
 お花見は、沿道が住宅地であることから「宴会」などは禁じられている。他の名所と異なり、花を愛でながらの散歩を楽しむことになる。地下鉄新瑞駅から歩くと、瑞穂運動場のラグビー場から陸上競技場を経て、鼎小橋へと進む。夜はライトアップもされていて、夜桜も綺麗である。

マップ山崎川

 「鼎小橋」は木の桁橋である。米松の集成材が使用されている。長さ約23m、幅は2mと細い。ただし下から見ると、構造上は鋼材で表面を木材で覆って雰囲気をつくっているのである。この橋から見る桜の景色も素晴らしいけれど、橋自体が「添景」として撮影スポットになっている。
 鼎小橋の一本南に「萩山橋」が架かっている。見るからに頑丈そうなコンクリート橋である。欄干がユニークで、桜の花びらを象った白いモニュメントが取り付けられている。桜に包まれた鼎橋を撮影するのに絶好のポジションになっている。

山崎川G

平針歩道橋

 県道56号線は、名古屋市千種区と岡崎を結ぶ主要道路である。通称「平針街道」と呼ぶ。地下鉄原駅と平針駅の間で国道302号と交差する。この交差点にユニークな横断歩道橋がある。「平針歩道橋」という。その上を名古屋第二環状自動車道が走っている。
 平針は家から近いので、買い物などによく行く。この歩道橋の下も何回かくぐっており、変わった橋だなと思っていた。その時には「円形」の橋と思っていたけれど、今回取材して下から見たり上を歩いたりしたところ、長目の楕円形であることが判った。

平針マップ

 1994年に完成、4交差点にそれぞれ円柱の橋脚があり階段・スロープもある。橋長は1周で約180m、幅員は3mである。型式は「鋼4径間連続ラーメン橋」という。
 設計したコンサルタントのホームページを見ると、検討段階で平面形状は、「平行四辺形」「X型」「H型」なども比較した結果「楕円」にしたという。柔らかさや安らぎのある形であり、ランドマークにもなることが採用した理由とのことである。

平針G

裁断橋(熱田区と大口町)

 笠寺から宮の渡しへ向かう旧東海道が精進川(しょうじがわ=現新堀川)を渡るところに「裁断橋」が架かっていた。江戸時代には、この川を「三途の川」に見立てて、橋のたもとに「姥堂」が建てられていた。今では川筋も変わり、姥堂もRCの建物に変わってしまっている。
 ただ、建物の前庭に裁断橋の複製が残り、御影石の石柱に「裁断橋」「姥堂」の文字を見ることができる。昔の様子は、大口町の「堀尾跡公園」の陶板レリーフを見るとよく分かる。太鼓橋を渡る旅人がおり、渡った向うに熱田神宮の鳥居が見える。手前には瓦屋根の「姥堂」が建っている。

裁断橋H

 裁断橋には、息子を戦場に送り出す「母」の悲痛な物語が残されている。天正18年(1590)秀吉による小田原征伐に参戦した、堀尾金助という若者を見送った橋である。橋の擬宝珠には、母親が33回忌の供養のために橋を架け変えたことが記されている。
 堀口家のお城が大口町にあったことから、町を流れる五条川に裁断橋と擬宝珠が復原された。一帯は公園として整備され、「堀尾跡公園」と名付けられている。擬宝珠の本物は名古屋市の文化財に指定されており、損傷を防ぐために名古屋市博物館に保存されている。

裁断橋G

亀崎「潮風の丘緑地の橋」

 半田の北部に位置する亀崎は、衣浦湾に突き出した「神の岬」を語源とする。今もその先端に「神前(かみさき)神社」が鎮座している。この神社の祭礼が有名な「潮干祭り」である。豪壮な山車を海岸の砂浜に「曳き下ろす」のが特徴である。今は、国の重要文化財であり世界文化遺産でもある。
 古図を見ると、神社周辺は小高い丘陵となっていて、海岸沿いの集落に向かって坂道が下っている。海岸沿いの建物は、堤防を兼ねた石垣の上に建てられていた。私の友人の家もこのひとつで、窓から吊糸を垂れてハゼ釣りをしたと言う。

亀崎G

 この風景は伊勢湾台風のために壊滅し、その後に高い堤防ができた。そのため、祭礼クライマックスの曳き下しができなくなってしまった。平成5年になってようやく「ゲート付きの堤防」と、「人口海浜」が完成し、曳下ろしを復活することができたのである。
 尾張三社のあたりは、浅い砂浜が広がり絶好の海水浴場や潮干狩りの場だった。現在は埋め立て地に変貌して、多くの工場が立地している。その中ほどに「潮風緑地」があり、運河に「潮風橋」が架かっている。パイプを溶接して三角トラスとしたユニークな人道橋である。

マップ亀崎

季節通信224ジャガイモ


佐久間の中部(なかべ)橋

 浜松市は平成の市町村合併により市域面積が広がり、全国では高山市に次いで第2位である。約1560平方km、名古屋市327平方kmの約5倍である。因みに愛知県で一番広いのは、やはり稲武や小原を合併した豊田市で、26位・約920平方kmである。
 天竜川を遡った愛知・長野との県境地域は「北遠」と呼ぶ。遠州の北部という意味であろう。天竜・春野・龍山・佐久間・水窪の5地区を指す。その中で「佐久間地区」は、人口2800人ほどの村落である。地区の中央を天竜川が流れ、町は右岸側と左岸側に二分されている。

中部橋G

 この地域では天竜川が北向きに流れているので、右岸が東で左岸は西ということになる。右岸にはJR飯田線が通り、中部天竜駅や佐久間小学校がある。左岸には国道473号が走り、消防署や郵便局が建っている。左右の町を結ぶのは、「中部橋」という人道橋である。
 中部と書いて「なかべ」と読む。地元では親しげに「なかっぺ橋」と呼ぶ。昭和12年完成、長さ約170m、幅1.6mの「鋼トラスで補剛された吊り橋」である。もう一本、県道291号に「中部大橋」が架かっている。赤い二連のアーチ橋である。

中部橋マップ


佐久間の原田橋

 天竜川は、佐久間ダムの下流で大きく逆もどりし、北に向かって流れている。そのV字の部分に、支流の相川が合流している。JR飯田線は下川合駅と中部天竜駅が右岸にあり、国道473号線は左岸を走っている。国道が天竜川を跨ぐのが「原田橋」である。
 現在の原田橋は3代目で、令和2年開通の真新しい橋である。橋長284m、幅員は8mの2車線である。初代は大正4年(1914)に架設された木製補剛桁の吊り橋であった。長さ約112m、幅員は2.4m。地元出身の原田氏の寄付によるものである。

原田橋マップ

 昭和31年(1956)、佐久間ダム建設のため資材運搬が必要となり、幅の広い橋に架け替えとなった。2代目は、鉄筋コンクリート補剛桁の吊り橋で、幅は5.5m、長さは約139mである。活荷重は9トンで設計されていた。
 この2代目の橋は、平成27年(2015)1月に天竜川右岸で発生した土砂崩れにより落橋してしまった。現地で見ると、山の高い位置から崩落が起こったようである。緑のない地肌は、モルタルや金網で保護されている。古い橋台や親柱の銘板は残されたままになっている。

原田橋G

季節通信219青もみじ


大垣・水門川の橋 その7

26 高  橋: 昭和36年(1961)・・・26の橋の最後。県道18号・大垣~一宮線に架かっている。           
                       橋の中央に芭蕉の俳句が掲げられている。

26高橋G

 今回は、水門川をたどって26の橋を訪ね歩いた。大垣にはもう一本の散歩道がある。松尾芭蕉の句碑のある道で、やはり駅近くの牛屋橋を起点に、終点も同じ高橋である。
 高橋は、芭蕉の「奥の細道」むすびの地である。元禄2年(1689)、門人・河合曾良を伴って江戸を出発した。東北・北陸を経て、大垣のこの地で俳諧・紀行の旅を終える。150日間、600里(2400km)の長旅であった。
 芭蕉はこの後、「伊勢の遷宮をおがまんとまた舟に乗り」、船町・住吉の湊から水門川を桑名まで下ったのである。奥の細道むすびの句は「蛤のふたみにわかれて行く秋ぞ」である。

26高橋H


大垣・水門川の橋 その6

24 貝 殻 橋: 昭和46年(1971)・・・橋のたもとに船町の道標「右京みち・左江戸道」。
25 住 吉 橋: 昭和55年(1980)・・・赤い欄干。燈台と湊跡が近い。

その6G

≪船町湊跡と住吉燈台≫・・・
◆船町湊は、江戸から明治にかけて、桑名とを結ぶ運河「水門川」の川湊で、物資や人の往来の中心であった。
◆住吉燈台は、天保11年(1840)に建てられた。高さ8mの寄棟造り、最上部の四方に油紙障子を嵌めこみ燈火を入れた。
◆明治になると蒸気船が就航したが、昭和に入ると陸上輸送の発達に伴い衰退した。

その6H

季節通信218愛岐トンネル




大垣・水門川の橋 その5

21 俵   橋: 昭和45年(1970)・・・近くに飯沼慾斎の邸宅跡がある。
22 美登鯉橋: 昭和53年(1978)・・・「四季の広場」への入り口。直角に曲がり川幅が広い。
23 虹 の 橋:  昭和61年(1986)・・・滝・四阿が眺められ、川面には鯉が泳ぐ。

その5G

季節通信217菖蒲

大垣・水門川の橋 その4

⑯ 丸の内橋: 昭和58年(1983)・・・右岸には、藩主戸田氏の菩提寺「圓通寺」がある。
⑰ 興 文 橋: 昭和57年(1982)・・・左岸は、地方裁判所などのある官庁街。白い高欄。
⑱ 清 水 橋: 昭和28年(1953)・・・レンガタイルの高欄。東西の幹線道路。
⑲ 西外側橋: 昭和53年(1978)・・・左岸に、大垣市役所がある。
⑳ 竹  橋: 昭和41年(1966)・・・水門川は、ここでS字にカーブする。

その5G

季節通信216スミレの語源

大垣・水門川の橋 その3

⑫ 龍の口橋: 昭和40年(1965)・・・親柱に龍のレリーフがある。
⑬ 武者溜橋: 昭和32年(1957)・・・親柱の上に城郭の彫刻が乗っている。
⑭ 花 月 橋: 平成7年(1995) ・・・欄干に桜の模様がある。
⑮ 八幡大橋: 昭和49年(1974)・・・橋上広場がある。北には八幡神社がある。

その3G

季節通信215山菜採り


大垣・水門川の橋 その2

⑦ 貴 船 橋: 昭和54年(1979)・・・大垣城東総門跡、貴船神社が近い。
⑧ 小 原 橋: 昭和37年(1962)・・・中央に円形デッキ。橋下に遊歩道。
⑨ 新 大 橋: 昭和30年(1955)・・・駅から南下する大通り。赤い欄干。中央に現代アート。
⑩ 東外側橋: 平成元年(1989) ・・・親柱は常夜灯風モニュメント。
⑪ 高 岡 橋: 昭和54年(1979)・・・下流に川下りの船着き場がある。

その2G

大垣・水門川の橋 その1

① 新牛屋橋: 昭和53年(1978)・・・大垣駅近く。恵比寿大神の境内に山車倉がある。
② 牛屋橋:  昭和44年(1969)・・・欄干に日陰棚がある。
③ 平和橋:  昭和33年(1958)・・・親柱に外灯が付いている。
④ 岐阜町橋: 昭和61年(1986)・・・レンガタイルの手すり。
⑤ 最上橋:  昭和60年(1985)・・・円形のデッキに照明灯がある。
⑥ 赤坂口橋: 建設年不明・・・擬木の手すり。道路幅員が広い。 

その1G

大垣・水門川の26の橋

大垣A

 大垣城は天文4年(1535)に築かれ、関ヶ原の戦いでも大きな役割を果たした。城と城下町のあるこの地は、揖斐川の扇状地であり水の豊かなところである。市の中心を流れる水門川は、かつては大垣城の外堀を兼ねていた。河口部の桑名とを結ぶ、重要な水運の運河でもあった。
(2014・2・7「大垣城」&2014・6・30「自噴井戸」参照)

 時あたかも桜満開の良き日に、ブログの取材に訪れた。水門川には個性的な26の橋が架けられており、美しい川の水と相俟って町の魅力を発揮している。和船による舟下りは、川面から桜を観るという優雅な遊びであり、船着き場には多くの観光客が並んでいた。

大垣マップ

菊川の潮騒橋と高松川の水門

 浜松御前崎自転車道線(県道376号)を東へ進むと、いよいよ御前崎に近づいてくる。一級河川菊川の河口に「潮騒橋」が架かっている。サイクリングの自転車・歩行者専用である。全長232m、幅員3m、平成7年(1995)年に完成した。
 「4径間連続上路式PC吊床版橋」という構造形式で、世界でも類を見ない珍しい形だという。普通は上にあるアーチが、下向きに垂れるようになっている。「吊床版」というように、最下部のコンクリート版が吊り橋のような「引張りの力」が働いているのであろう。高く評価されていて、土木学会「田中賞」を授与されている。

潮騒橋G

 どこかでよく似た形を見た覚えがある。岐阜県丸山ダムの下に架かっている「のぞみ橋」(このブログの2018年2月9日参照)である。「端部分離型上路式PC吊床版橋」という同じような型式である。平成15年(2003)完成で、やはり「田中賞」を受賞している。

潮騒橋H

 潮騒橋の中ほどに展望・休憩用のデッキ部分があり、アート・モニュメントが置かれている。ここから上流側を眺めるととんがり帽子の水門が見える。これは菊川の支流「高松川」の水門で、高潮や想定されている東海地震の津波に対する防御施設である。

潮騒橋マップ

季節通信212ショウジョウバカマ



はまぼう橋

 天竜川の東10kmほどのところに太田川が流れている。その河口近くに「ぼう僧川」という二級河川が合流している。磐田あたりの三角州の水を集める川で、延長は13kmほどである。流域の気温は年平均16~17度と温暖である。
 太田川との合流地点から1kmほど上流に「はまぼう橋」という自転車専用の橋が架かっている。丸パイプによるアーチ橋であるが、吊り材のワイヤーがななめになっている「ニールセンローゼ橋」という型式である。浜名湖御前崎自転車道の一環で、そのまま堤防沿いに走って北へと進む。

はまぼうマップ

 橋名の「はまぼう」は植物の名前で、ハイビスカスの仲間である。関東以西の温かい海岸に分布する。ぼう僧川の両岸に、約150本が自生している。遠州灘では唯一の群落であり、「静岡県の自然百選」に選ばれている。夏に、フヨウやワタに似た形の黄色い花を咲かせる。
 水門近くの公園には「野鳥観察小屋」があるが、そのまわりに40本ほどのハマボウが植えられている。これは水門整備の折に、高校生たちが移植したものである。河川堤防の近くに樹高5mほどに育っていて、樹林内を歩ける小道もある、今回の取材は冬だったので、果実しか見られなかった。

はまぼうG

季節通信213カタクリ


浜松御前崎自転車道の「掛塚橋」

 静岡県の海岸沿いに4つのサイクリングロードがある。西から ①浜名湖周遊自転車道 ②浜松・御前崎自転車道 ③静岡・御前崎自転車道 ④静岡・清水自転車道である。合計の距離は約200kmと長い。今後、伊豆半島地区での整備も進めていく。
 浜松からは、磐田・袋井・掛川を通って御前崎へ至る。天竜川の、河口から2番目に「掛塚橋」が架かっている。延長は約900m、トラス橋であるが一定の距離に「山」がある。構造上に意味があるのか、単にデザインなのかも知れない。昭和30年(1955)に開通した。

サイクリングマップ

 当初は有料道路であったが、15年後に無料開放されている。幅員が狭く二車線しかないので、歩行者や自転車の通行はできなかった。現在は上流脇に自転車道が添架されて、サイクリングロードに指定されている。
 この橋を一目見た時から「これは亀崎の衣浦大橋にそっくりだ」(2013・4・9&2020・12・7参照)と感じた。写真を比較すればお分かりのように、間違いなく同じ設計・デザインであることは一目瞭然である。完成は昭和31年、スタート時に有料であったことも同じである。

掛塚橋G

猪鼻湖神社と瀬戸橋

 浜名湖は、全国で10番目の面積をもつ。しかし形が複雑なので、外周の距離は3番目に長い。それは4つの枝湾をもつからである。細江湖・松見湖・庄内湖・猪鼻湖である。1498年の明応地震のときに、砂州が決壊して海と繋がったので、汽水湖となった。魚など生物が豊富に生息する。
 猪鼻湖は北西に位置する。水深は深く、最深部では16mもある。湖面ではカキの養殖が、西岸ではミカンの栽培が盛んである。大きく突き出した大崎半島と本城山との間に狭い「猪鼻瀬戸」があり、二本の橋が架かっている。瀬戸橋と新瀬戸橋である。

猪鼻マップ

 半島の先端は「猪鼻(いのはな)」と呼ばれて岩盤が剥き出しになっている。ここには猿田彦命を祀る「猪鼻湖神社」が鎮座している。細い岩場の参道を進むとコンクリート製の鳥居があり、さらに進むと赤い太鼓橋がある。岩の隙間に根を伸ばした松の木の間に社殿があった。
 西の本城山と東の大崎半島を結ぶのは新旧の瀬戸橋である。旧瀬戸橋は昭和30年(1955)に完成、長さ137mの吊り橋である。幅員が狭くて一車線しかないので、信号により交互に通行する。巨大なコンクリートの固まり・アンカーレージが民家の庭先にあるので驚いた。

猪鼻G

季節通信209ユキヤナギ

津の「江戸橋」と四日市の「笹川パークブリッジ」

 三重大学の学生が名古屋から通学しようとすると、普通は近鉄を利用することとなる。津駅のひとつ手前の「江戸橋駅」は、特急は止まらないが急行は停車する。名古屋から1時間ほどなので、津に下宿せずに名古屋から通う学生も多い。
 江戸橋駅からは、志登茂川を跨ぐ「江戸橋」を渡って国道23号・通称伊勢街道に出る。大学のキャンパスは道路の反対側なので、交通量の多い国道を横断しなければならない。「江戸橋横断歩道橋」ができたのは昭和47年(1972)のことである。

江戸橋マップ

 50年ほど経った平成30年ごろ、河川改修に伴って市道の付け替えが必要となり、この歩道橋は撤去されることとなった。通常歩道橋は、道路幅員が様々な所に架かっているので、再利用される例は少ない。ところが、四日市の笹川団地の公園に適しているということで移転が決まったのである。
 笹川団地は四日市郊外に、50年ほど前に造成された大団地である。交通量の多い環状道路を挟んだ両側に笹川西公園がある。新設小学校の通学路にもなっていることから、安全に渡れる横断歩道橋が求められたのである。両側が公園であるので、長さや、面積を取るスロープ設置も問題にならなかった。今は、子供たちから「ぐるぐる階段」の愛称をもらって親しまれている。

笹川マップ

「香嵐橋」と「飯盛山・香積寺」

 香嵐渓を訪れる人は多いけれど、飯盛山(いいもりやま)北斜面のカタクリや待月橋周辺の紅葉を観ることで満足してしまい、奥の方まで行かない人もいるようです。もう少し上流へ進めば、茅葺きの「三州足助屋敷」や赤い吊り橋「香嵐橋」などがあり、山の中腹には「香積寺」もあります。
 「香嵐橋」は長さ43m、幅1.8mの吊り橋です。如何にも山奥へ来たような気分に浸ることができます。このあたりまで来ると、紅葉やカタクリ(3月)以外の季節でも豊富な山野草が出迎えてくれます。植物図鑑でも持って歩けば、楽しめること請け合いです。

香嵐渓GH

 標高254mの飯盛山の中腹に「香積寺」があります。江戸初期に、このお寺の住職が山全体にモミジを植えることを思いついたそうです。後世にこれほどの人を集める、先見の明があったのでしょう。「桜は1週間だけれど紅葉は1か月楽しめますよ」と教えてくれた人がいます。
 その話を聞いて、私も東山植物園にモミジの苗木をたくさん植えました。50年前のことです。今では、植物園の紅葉は市内随一と言われています。
 扁額を「山盛りの飯」と読んでしまいました。本当は右から読んで「はんせいざん」です。しっとりと、心の落ち着く山寺です。
香積寺G

季節通信200山野草

香嵐渓「巴橋」と「待月橋」

 前々回の三河湖のマップで、巴川は足助の地点で鋭角に向きを変えることが分かった。北向きから南へ曲がるところが香嵐渓である。この地方最大の紅葉の名所である。川の美しさも含めて、京都の嵐山・渡月橋に匹敵するのではと思う。
 国道153号・飯田街道は、かつて足助の市街地を通っていたが、現在は二つのトンネルをもつバイパスができたために、ずいぶんスムーズに通過できるようになった。しかし、春のカタクリと秋の紅葉のときは、追分まで車が並んでしまう。

香嵐渓マップ

 旧道が巴川を渡るのが「巴橋」である。5連の鉄筋コンクリート・アーチ橋で高欄もコンクリート製である。昭和12年(1937)の開通である。その先にある伊勢神トンネル(1960)はまだ「伊世賀美隧道」(1897)の時代であり、それに比較するとずいぶん斬新な設計であったのだろう。
 嵐山の「渡月橋」は亀山上皇の感想から名付けられた。香嵐渓の「待月橋」も同じような命名であろう。紅葉を観るためにも、紅葉を写すためにもなくてはならない橋である。紅葉の時期は大渋滞、駐車場にもなかなか入れない。お勧めは雨天である。車は少ないし、幻想的な景色が見られる。

香嵐渓G

季節通信204キウイ


新東名高速「豊田アローズブリッジ」

 ブログの取材などのために高速道路を走るとき、よくこの橋を渡る。名港のトリトン(2017・3・12)も巨大でシンボリックだが、この橋はさらにビッグなイメージである。停車するわけにはいかないので、フロントガラス越しに何回か写真を撮った。一度、地上から眺めてみたいと思っていた。
 下から見るとそのボリュームにびっくりする。特に橋脚の基部というか橋台というか、コンクリートの固まりはもの凄い。幅は50mを越えるものと思われる。主塔の高さは110m。橋長820m、幅員約45m、「波形ウェーブPC複合斜張橋」という。平成17年(2005)に完成している。

アローズマップ

 新東名高速道路が矢作川を越える地点に架かっている。完成時には、まだ伊勢湾岸道路と言っていた。愛知万博開幕直前の開通であり、自動車での来場を想定しての供用開始であった。その前年には、土木学会に認められて「田中賞・作品部門」を授与されている。
 「アローズ」というのは英語で「複数の矢」を意味する。矢作川の「矢」も意識しているのであろう。私はその形から、いつも「竪琴」を連想してしまう。現在のハープでなく、古典的な「ライアー・ハープ」である。鶴舞公園の奏楽堂の屋根飾りに使われているモニュメントに似ていると思う。

アローG

豊田大橋と久澄橋

 昨年はサッカーのワールドカップで盛り上がったが、4年前(2019)にはラグビーワールドカップが国中を熱狂させた。豊田市でも予選の4試合が開催され、海外からの応援団を含めてたくさんの観客が詰めかけた。観客の多くは、豊田市駅を降りて「豊田大橋」を渡ってスタジアムへ向かう。
 その様子は、2019年10月に4回に亘ってご報告した。「豊田大橋」は、バスケットハンドル型ニールセンローゼ橋という形式で、長さは約475mである。平成11年(1999)の完成。スタジアムと同じ黒川紀章の設計によるので、両者を合わせて一体のデザインとなっている。

豊田大橋G

 豊田大橋の1本下流に、もうひとつ白亜の橋梁が架かっている。「久澄橋」という。長さ274m、幅員25m、二つの大きなアーチのある単弦ローゼ橋である。独創的なデザインと景観の両立、構造の統一性などが評価されて、平成6年度(1994)の土木学会田中賞を受賞している。
 松平や稲武方面へ行くときによく通る橋である。豊田の市街地を抜け、視界が広々と開ける。矢作川河川敷の芝生も美しく、上流に見える真っ白なスタジアムや大橋と調和している。黒川紀章のアートを鑑賞しながら走る、心地良い空間である。

豊田大橋マップ

長良川の美濃橋(再び)

 長良川に架かる「美濃橋」は、大正5年(1916)に完成した現存する最古の近代吊橋です。平成15年(2003)には国の重要文化財に指定されています。詳細については≪2017年9月23日≫にご紹介しましたので参照してください。
 今回再び取材したのは、この“老兵”が大手術を受け、再び若返ったからです。100年近く現役で働いてきて、ケーブルや補剛の桁が腐食するなど満身創痍の状態でした。10年前に修復に取り掛かった時の大命題は「構造形式や外観を出来るだけ残すこと」だったそうです。

美濃橋 旧

 特に右岸のアンカレイジ部のケーブルが劣化し、強度は70%に落ちていました。ケーブルは建設当時スウェーデンから輸入したものですので取り替えることなく現役で使い続けることとしました。広範囲で腐食が確認された「補剛桁」には修復の過程で新たな発見もあったそうです。
 ただ直すだけでなく、新たな魅力づくりにも工夫がなされました。夜間照明です。真っ白な「主塔」や真赤な「手すり」は青空の下で見ても美しいけれども、ライトを浴びた姿はさらに幻想的だそうです。修復を担当した技師は、上下流や近くのホテルで上からも見てほしいと話しています。

美濃橋 新

季節通信199門松


板取川の松谷橋

 国道256号を地図で見ると、いやに曲がりくねっている。それもそのはず、蛇行の多い板取川に沿って走っているからである。板取川は、岐阜と福井の県境・両白山地を水源とし、美濃市あたりで長良川に合流する。
 北へ向かっていた256号が、大きく東へ曲がって郡上八幡へ向かうあたりの支流に「松谷橋」が架かっている。その新しい橋の一本奥に、いわば「旧松谷橋」が残っている。川幅が狭く、藪が繁っているので確認はできなかったが、この橋の型式は「RC方杖ラーメン構造」だという。

板取川マップ

 昭和9年に建設されているが、この時代のものとしては非常に珍しい構造だという。「方杖ラーメン橋」とは橋脚を斜めに配したラーメン橋で、深い谷など橋脚を立てられない場合などに用いられる。 上部構造の見かけの支間を小さくできるメリットがある。
 横から見た場合の美観に優れていて、鋼橋の採用事例が多い。以前ご紹介(2022・8・30)した名古屋城近くの「筋違橋」はまさにそれで、大変美しい橋である。
 下に模式図を添付します。

板取川G

季節通信198


桐谷の不動と渡し場跡(吊り橋)

 鳳来寺や秋葉山への祈りの道は、明治時代からは別所街道を北へ上る道であった。江戸時代には大野からそのまま右岸を北上し、桐谷で渡し船に乗って左岸へ渡っていた。古(いにしえ)は「大野桐谷の渡し」と呼び、現在は吊り橋に変わっている。
 「桐谷」というのは、今から600年の昔、この谷に桐の大木があったという逸話から名付けられた。「桐の大木の洞には鳳凰が住んでおり、仙人がその鳥に乗って鳳来寺との間を行き来した」という。大野宿の人々は、この聖地に道中の安全を願って「不動明王」を祀ったのである。

桐谷G

 旅人が舟を降りると、そこには「不道明王の祠」があり、近くに「不動滝」が落ちている。合わせて見ると一幅の山水画を見るようである。つづれ折りの杣道を登ると再び街道に戻る、人々は、そのまま北へ進んで秋葉山を目指すか、少し戻って大野宿に宿泊したかも知れない。
 このコースは、現在「東海自然歩道」に指定されている。新城山間部のこの辺りでは、「阿寺の七滝」「鳳来寺」「四谷の千枚田」といった観光名所をつなぐ一本道である。広域的には、東京「高尾国定公園」から大阪「箕面国定公園」を結ぶ総延長1690kmにもおよぶハイキング道である。

季節通信197東海自然歩道



三河大野駅と大野橋

 JR飯田線・三河大野駅は不思議な構造をしている。駅舎の改札(無人)を通るとすぐにトンネルがあり、線路の下を潜って階段を登り、1面2線のプラットホームに出る。駅舎は平成8年に改築した比較的新しい建物で、丸太を横積みにしたログハウスのような構造である。
 開業したのは大正12年、鳳来寺鉄道の延伸に伴うものである。昭和18年(1943)には国有化し、国鉄飯田線の駅となった。御多分に漏れず、鉄道は家の立ち並ぶ「宿場」を避けて宇連川の対岸に敷設されている。宿場町に行くには橋を渡る必要があり、駅のすぐ前に「大野橋」が架かっている。

大野駅G

 駅開設時には、既設の橋爪橋(初代大野橋)という吊り橋があった。別所街道と宿場を結ぶ橋である。鉄道駅の出来た大正13年には、車の通行できる広い幅の吊り橋(2代目)が完成している。現在のものは3代目、昭和32年(1957)に架けられた鉄橋である。
 車で走っていると平凡に見えるが、下から見るとトラスに組んだ鉄骨の構造に驚いてしまう。リベットにより複雑に組み合わされていて、厚さは10mを越えるものと思われる。大野橋に併行してもう1本の橋がある。これは「専用橋」といい、日本電信電話公社が昭和48年に架設したものである。

大野橋G

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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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