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木曽川 読書(よみかき)発電所

 「福沢桃介記念館」 の約2kmほど下流に、「読書発電所」 はあるという。記念館の管理人さんから “険しい山道で、熊が出るかもしれない” と脅されたとおり、最近だれひとり歩いたことは無かろうと思われるような寂しい道である。
 いくつかの脇道に迷い込み、何度か引返しながら何とか1時間ほどで到着した。発電所へ水を送る大口径給水管の最上部である。さすが熊には出会わなかったが、ヤマカガシが道にとぐろを巻いていて肝を冷やした。ここから落差112m下にある発電機に水を落とすのである。

読書発電所1

 「読書発電所」 は、大同電力 (社長は福沢桃介 関西電力の前身) により大正12年 (1923) に完成した。当初は小規模な堰からの水により約4万kwであったが、昭和35年、上流に読書ダムを建設して、現在は約12万kwの発電量である。
 発電所の建物は、鉄筋コンクリート造りでレンガ壁、半円形の明り採り窓を付けるなど大正ロマン・アールデコ様式である。風光明媚な木曽川の景観を壊さないようにとの配慮であろう。この建物は、上流の柿其 (かきぞれ) 水路橋、桃介橋とともに、平成6年に国の重要文化財に指定された。

読書発電所マップ

 「読書」 と書いて “よみかき” と読む。これは、この土地が南木曾町読書 (旧読書村) にあるからである。「読書村」 は明治7年に予川 (よかわ)、水留野 (みどの)、柿其 (かきぞれ) の3村合併時に付けられた名で、それぞれの頭の文字を合わせてつくられた。文明開化のこの時代に “読み書き・算盤” が必要であろうとの思いである。


南木曽 福沢桃介記念館

 桃介橋中央の石段を下りると、そこは河川敷公園になっている。橋を渡りきった木曽川右岸一帯は天白公園と呼び、ステージやイベント広場、ミツバツツジの大群落や木曽川を一望できる展望台などがある。その一角に、「福沢桃介記念館」 が建てられている。

桃介記念館1

 この建物は、桃介のかつての別荘である。木曽川の電源開発に乗り出した電力王・桃介は、大正8年に別荘を建て、そこを基地として 「読書発電所」 や 「大井ダム」 などの建設現場に足を運んだのである。
 レンガ造りにモルタル仕上げの二階建て、マントルピースを備えた本格的な西洋建築である。この別荘には、桃介のパートナーである川上貞奴も足繁く逗留したという

桃介記念館4

 福沢桃介は、明治元年埼玉県の生まれ、慶応義塾時代に福沢諭吉に認められて養子となる。その後、名古屋を中心に実業界で活躍し、電気事業も手掛けるようになった。
 桃介は、昭和13年に69才で亡くなったが、その後、この別荘も付属の建物は取り壊された。本館も昭和35年に出火して2階を失い、一階部分だけを記念館としていたが、平成9年に元のように復元して一般に公開している。

桃介橋マップ

木曽川 桃介橋

 JR中央線・南木曽駅から300mほどの所に架かっている。全長247mというのは木製の吊り橋としては全国最大級という。木曽川の電源開発に力を注ぎ、後に電力王とまで言われた福沢桃介が、読書 (よみかき) 発電所の資材運搬のために大正11年に架設したものである。幅員2.7m、当時はトロッコのためのレールが敷かれていたが、現在は人だけが通行することができる。

1桃介橋
 
 橋の形式は4径間の吊り橋で、水平方向にもワイヤーで支えて横揺れを防いでいる。3脚の橋脚のうち、中央のものには川原に下りる石の階段が設けられている。
 
桃介橋2

 昭和53年ごろには、老朽化のために通行止めとなり、一時は撤去することも議論された。しかし、「大正ロマンを偲ぶ桃介記念公園整備事業」 の一環として復元され、平成5年に再び通行可能となった。翌年には、意匠的にも技術的にも優秀であるとして、国の重要文化財に指定された。

桃介橋マップ

≪番外編≫ クロアチアの小水力発電所

 一昨年の夏、南欧クロアチアを訪ねた。首都ザグレブから、世界遺産にも指定されているプリトヴィツェ国立公園 (石灰岩でできたカルスト地形、世界一美しいといわれる16の滝が湖をむすんでいる。) に向かう途中、涼しげな小川があったので一休みすることとした。
 川の畔に一軒の農家があり、庭先で子どもが遊んでいる。全体になだらかな流れだが、そこだけが急な早瀬になっていて、瀬の上部に川原石を並べただけの簡単な堰がつくってある。その水はと見てみると、対岸の左岸の方に導かれ、そこに小さな小屋が建っている。

クロアチアA

 鄙びた木橋を渡って小屋を覘いてみると、何か風変わりな構造物が見える。水の段差を利用して、板でつくった樋 (とよ) に水を流し、金属製のプロペラを回すようになっている。たぶん、小型の発電装置なのであろう。かなり老朽化してあちこち壊れているので、今は使っていないものと思われる。集落から離れた一軒家なので、自家発電をしていたのだろうか。

クロアチアB

◆中部地方以外の土木施設につきましても、参考になるものは 「番外編」 として掲載します。

牟呂用水 水力発電所遺構

 牟呂用水最終放水樋管から約1kmほど遡ったところに、赤レンガ造りの樋門が残っている。これは明治時代に造られた、愛知県内初の水力発電所の遺構である。明治27年 (1894 )に豊橋電灯株式会社が設立され、完成したばかりの牟呂用水を利用して発電所を設置することとなった。明治29年に、16燭光 (約20w) の電灯600基分の発電所が完成したのである。

むろ用水発電所A

 しかし、この発電所は水量も少なく出力が不足することから、蒸気機関を使った火力発電方式を併設するなど改良を重ねたものの、明治41年には14年間の操業を終えて閉鎖されてしまった。現在残されているのは、水を堰き止めて、導水路により発電機まで送水するための樋門だけである。平成元年に行われた区画整理のための発掘により、樋門より下流の左岸に発電機の基礎が見つかったが、調査・測量の後に撤去されてしまった。
 100年以上経った現在、自然エネルギーを利用した 「小水力発電」 が検討課題となっている。明治時代の知恵が、再び役に立つ日が来るかもしれない。

むろ用水発電所マップ

豊橋市 牟呂用水

 牟呂用水が誕生したのは明治21年、渥美郡牟呂村 (現在は豊橋市) の干拓地 「神野新田」 に水を運ぶ目的で開削された。豊川河口から15kmほど上流の頭首工から取水し、新城市八名井や宝飯郡、豊橋市の農地を灌漑した後、豊橋市街を流れて三河湾近くで最終放水する。
 現在は、工業用水や水道水としても利用されているという。途中、水面近くまで降りる階段があった。洗いものなどの生活にも使っているのであろう。この日も桶を水洗いする人がいた。

むろ用水

 今回は、豊橋駅から用水に沿って海に向かって歩いてみた。豊橋駅を東に行くと、すぐ近くに用水が見つかり、両側に整備された遊歩道を歩くことができる。さすが 「530 (ゴミゼロ) 運動」 発祥の地らしく各所に看板が出ていて、そのとおり水路はきれいに保全されていた。
 最終放水樋管は、堤防の大改修により新しい水門が整備されたため、現在は使われていない。しかし、神野新田の記念碑の隣に、わずかながらその姿を留めていた。樋管は御影石を積んだトンネル状で、目地は 「服部長七の人造石工法」 が使われている。トンネル部はコンクリートにより充填されていた。

牟呂用水マップ

豊橋市 葦毛湿原

 豊橋市東部にある弓張山地の山麓、海抜70mほどのところに広がる湿地である。土壌が薄いという特徴をもつ 「湧水湿地」 で、このタイプでは東海地方で最も大きな規模である。面積は約5ha、観察用に園路が張り巡らされている。園路には、植物が踏み荒らされないように、尾瀬沼のような木道が整備されている。

いもう湿原1

 この湿地には、東海地方に固有の植物 (ミカワシオガマやシラタマホシクサ)、氷河期に分布を広げたけれど、そのまま取り残されてしまった北方の植物(ミカワバイケイソウやミズギク)、熱帯アジア起源の植物(ミミカキグサなど)が入り混じっている。約250種もの植物が自生しており、愛知県の天然記念物に指定されている。

いもう湿原2

 上の写真は、葦毛湿原を代表するシラタマホシクサ群落が最も美しい9月下旬に撮影したもの。(うっすらと白く見えるところ) そのほかに、葉の粘液で昆虫を捕まえるトウカイコモウセンゴケや根の補虫嚢 (袋) でプランクトンを捕まえるミミカキグサなどの食虫植物も花を咲かせていた。

いもう湿原マップ
 
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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