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津島湊跡(天王川公園)

 天明年間 (1780年代) まで、津島には木曽川の支流 「天王川」 が流れていた。そして、現在の天王川公園辺りに 「津島湊」 という川湊があった。当時の様子を 「尾張名所図絵巻7」 に見ることができる。(下左の図)
 今も同じ場所にある瑞泉寺が手前に描かれ、図の中央左寄りに描かれる入り江が「車河戸」と呼ばれる津島湊である。その入口は 「江口」 と呼ばれていた。現在の公園平面図で見る 「くの字」 に曲がった水面が車河戸の名残を今に伝えている。

天王川公園マップ

 現在の車河戸にも、図絵と同じように島があり、そこに櫓が組まれている (下の写真)。「津島天王祭」 では、5車の 「まきわら船」 に提灯 (ちょうちん) が灯され、車河戸から船出して、江口を通って丸池を漕ぎ渡る。毎年7月第4土曜日・日曜日に開催される夏の風物詩である。現在、国の無形民俗文化財に指定されており、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている。

天王川公園G

 今年こそは、まきわら船を見たいと考えていましたが、台風の影響で中止になってしまいました。写真を撮ることができませんでしたので、名所図絵の図版と観光交流センターに展示されていた模型の写真を掲載します。

天王川公園H

津島神社の大銀杏

 津島は、名のとおり津(港)のある島であった。濃尾平野がまだ海だった太古の時代、津島は桑名と熱田の間に浮かぶ島であり、江戸時代には天王川河口の重要な川湊であった。東海道は、宮宿(熱田)と桑名宿の間が海上交通であったが、海路を避けたい人は陸路の佐屋街道へ迂回した。この道は津島神社の東側を通っている。
 江戸方面からお伊勢参りに旅する人たちは、必ず「津島神社」にも立ち寄る慣わしだった。伊勢神宮だけの参拝では、片参りと言われていたのである。津島の町は、交易の湊町として、また門前町としても多いに賑わいを見せていたという。

津島神社マップ

 津島神社は、欽明天皇元年(540)にご鎮座したという長い歴史をもつ。古くから津島牛頭天王社と呼ばれ、「津島さん」「天王さん」と親しまれてきた。全国に3000を数えるご分霊社の総本山でもある。この地方固有の「屋根神様」としても多く祀られている。
 東に面して、秀吉から寄進を受けた楼門が聳えている。その前面にある大鳥居の脇に樹齢600年ともいわれる公孫樹(いちょう)の大木がある。幹に注連縄が張られて、ご神木になっている。太い枝にはイチョウの古木特有の「乳」が垂れ下がっている。イチョウの樹皮はコルク層に覆われているが、これは樹皮が発達したものである。

津島神社G


季節通信19彼岸花

駒ケ岳ロープウェー

 木曽駒ケ岳は中央アルプス (木曽山脈) の最高峰、標高2956mの高山である。前岳や中岳などいくつかの頂きをもつが、その中の 「宝剣岳」 (2931m) は象徴的な存在である。北アルプスの槍ヶ岳に匹敵するように鋭く尖った山容は、伊那谷を走る中央道からも遠望することができる。
 宝剣岳の東斜面に広がる一帯は 「千畳敷カール」 と呼ばれている。カール (圏谷) とは、氷河時代に形成された地形のことで、氷河に削られた急斜面とモレーンと呼ばれる堆積した岩とで構成されている。カールの下部には緩やかな斜面や小さな池のある平らな部分があり、少々足の弱い人でも歩くことができて高山の雰囲気を楽しむことができる

木曽駒マップ

 千畳敷カールまでは、バスとロープウェーで行く。ロープウェー駅までの山道は道幅も狭く、急な曲がりが多いので専用のバスでしか行くことができない。JR飯田線の駒ヶ根駅や中央道インター近くの菅の台バスセンター (駐車場あり) から乗ることができる。
 「中央アルプス駒ケ岳ロープウェー」 の標高差950mは日本最高である。また千畳敷駅は標高2612mで、我が国最高地点にある駅である。夏の高山植物も多いに見どころがあるが、秋のナナカマドやダケカンバの紅葉も見事である。簡単に行けるからとはいえ、やはり高山には絶えず危険が伴うものである。気象や体調、靴や服装には充分に注意をする責任はある。

木曽駒G

木曽駒H
【白馬五竜岳と木曽駒ヶ岳で撮影した高山植物】
 (上)カライトソウ クガイソウ クルマユリ 
 (中)ササユリ シモツケソウ タマガワホトトギス
 (下)チングルマ ニッコウキスゲ ヤナギラン

高山植物園

 日本には植物園が100あまりある (日本植物園協会に加入している植物園)。その中で高山植物園と銘打っているのは、神戸の 「六甲高山植物園」 と長野県の 「白馬五竜高山植物園」 の2か所である。大阪の 「咲くやこの花館」 のように、ガラス室の中を温度調整することにより、高山植物を栽培しているところもあるが、標高も高く、栽培植物だけでなくて自然のお花畑も鑑賞できるのは白馬五竜高山植物園だけであろう。 
 今年7月下旬に、高山植物の写真が撮りたくて訪れてみた。場所は諏訪湖の北、安曇野も過ぎた白馬村にある。この辺りはスキー場のたくさんあるところで、そのゲレンデを利用して植物園にしているのである。

五竜マップ

 駐車場のあるセンターハウスからゴンドラに乗り、標高1500mまで登ったところに植物園がある。さらにスキー用のリフトに乗って山頂まで行くと、自然のお花畑を見ることができる。ゲレンデの斜面を下りながら高山植物を鑑賞できるようになっている。
 植物園は通常、英語でボタニカル・ガーデンというように、庭園的に景観も美しく整備・管理され、その植物の自生地に近い環境も整えている。この園は周囲がまさに “高山” であることから、天然の庭園であり、写真を撮る場合にも、背景を具合よく撮影することができるのである。
 日本の高山植物の女王ともいわれる「コマクサ」、ヨーロッパアルプスで名高い 「エーデルワイス」、ヒマラヤで発見されて話題となった 「青いケシ」 の写真をご紹介します。

五竜G

矢作古川分派施設

 矢作川は、長野県平谷村に端を発し、愛知県の豊田市や岡崎市、安城市や西尾市を流れて三河湾に注ぐ。延長117km、流域面積1830平方km、標高差約1900mの一級河川である。かつては、上流からの木材や下流からの塩などが行き来する、重要な交易路であった。
 戦国時代に入ると、三河の国も織田・今川・松平 (徳川) などの戦国大名が覇権を争う舞台となった。大名たちは領土を拡大するだけでなく、勢力を増大するために領土内の農地開発にも取り組んだ。洪水に悩まされてきた矢作川では、大規模な治水工事も行なわれるようになった。

矢作古川マップ

 安土桃山時代 (1590年ごろ) には、秀吉の命により築堤工事が行なわれ、網上に乱流していた矢作川は徐々に一本化された。しかし、八ツ面山 (やつおもてやま) より下流は、依然として洪水が治まることはなかった。江戸時代になって米津方面に向けて新川が開削され、ようやく水害は防止されるようになった。
 上の写真は新川と古川の分岐地点、手前が古川である。平成28年になって、古川の始点に新たな洪水調整のための施設ができた。「矢作古川分派施設」という。高さ約16m、幅約66mの巨大なコンクリート構造物である。この水門により流量を調節することができるようになり、下流域はより安全な地域となった。

矢作古川G

油ヶ淵水辺公園

 油ヶ淵 (あぶらがふち) は、愛知県内唯一の天然湖沼である。周囲6.3km、面積64ha、平均水深は約3m、海水と淡水の混じりあった汽水湖である。成立の歴史は比較的新しく、江戸時代初期のことである。
 家康の命により矢作新川の開削が行なわれたが、新川への土砂流出を防ぐために米津と鷲塚の間に堤防が設けられた。これにより、入海が遮断され、油ヶ淵の基になる湖沼ができたのだという。「油ヶ淵」 の名称は、息子の漁の安全を祈る母親のために、淵の神が娘に姿を変えて、油の灯で岬を照らしたという伝説に基づいている。

油ヶ淵マップ

 碧南市と安城市に跨る湖沼の周辺に、新たな大公園が整備されつつある。西三河では初めての県営公園 「油ヶ淵水辺公園」 である。水面も含めた全面積は約140ha、広大であるので5つのエリアに分け、それぞれに性格付けをしている。「矢作川水圏」 「自然ふれあい生態園」 「農地の保全」 「交流広場」 「水生花園」 である。
 今年の4月に、自然ふれあい生態園 (安城市側:左の写真) と水生花園 (碧南市側:右の写真) の一部が開園された。さっそく地域の方々がボランティアとして参加していて、花壇づくりや除草などの活動を始めている。一昨年の秋から春にかけて造園工事が行なわれたが、その監督業務を当社が担当させていただいた。

油ヶ淵G

槙原トンネルと乳岩山

 新城市の長篠地区から川合地区に至る、宇連川右岸に沿って走る細い道がある。「望月街道」 と呼ぶ。この道路は、長篠の豪商・望月喜平治が莫大な私財を投じて開設したものである。延長約14km、明治19年 (1886) に完成した。
 望月街道の中でも湯谷から槙原の間は、断崖絶壁が続くため工事は難航した。特に槙原トンネルをくり抜くのには多大な時間を要した。ここの岩は流紋岩で非常に硬いので、当時としては高価な火薬を使用してやっと完成させたという。当初は、馬と人がやっと通れるほどの幅と高さであったが、交通の発達とともに今の大きさに拡大された。

乳岩マップ

 宇連川の支流「乳岩川」を遡ると次第に急な山道となり、時には階段を登ることとなる。目的地は 「乳岩山 (ちいわやま)」、流紋岩質凝灰岩でできている巨大な岩山である。標高は675m。
 流紋岩は火山岩の一種、マグマの流動時に流れ模様をつくることからの命名。凝灰岩は火山灰の堆積でできる堆積岩のことである。乳岩山の南面に大小いくつかの洞窟がある。凝灰岩中に含まれる石灰分が溶け出して乳房状の鍾乳石ができているので「乳岩」 と呼ばれる。国の名勝天然記念物に指定されている。

乳岩G

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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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