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甚目寺の伽藍

 「津島上街道」 は勝幡・甚目寺・清洲を経由して名古屋に至る。甚目寺近くの道路わきに 「右つしまみち」 と刻まれた古い道標が立っていた。お寺の名前が町名にもなっていた 「甚目寺町」 は、今は七宝町・美和町の3つが合併して 「あま市」 になっている。
 “あま” は、もともとの “海部郡” に由来する。海部郡は、尾張の国の西端に位置する広域な平野で、大部分が木曽川の三角州に属し、沖積層と干拓地から成り立っている。古い街道や道端の道標などを見ると、その結びつきの深さを理解できる。

甚目寺G

 「甚目寺」 はその縁起によれば、推古天皇5年に紫金の聖観音像が安置されたことに始まるという。明治末期に発掘された瓦などにより、奈良時代以前に大伽藍があったことが確認されている。江戸時代には、尾張四観音の筆頭の格をもち、現在も節分会には多くの参拝客で賑わっている。
 南大門は、建久7年 (1196) に源頼朝の命により建立されたという。三間一戸の入母屋・柿葺 (こけらぶき) で、左右に仁王様が安置されている。三重塔は、三間三重塔婆で本瓦葺である。擬宝珠の銘に寛永4年 (1627) とあることから、建立年代は明らかである。いずれも国の重要文化財に指定されている。

甚目寺マップ

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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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