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オアシス21(立体公園)

 昨年、「外国人旅行者が選ぶ夏のフォトジェニック観光スポット」ランキング2位という“栄光”に輝いたのが「オアシス21」である。“フォトジェニック”とは“インスタ映え”と同義語で、“写真向け”という意味。因みに1位は北海道・洞爺湖、3位は横浜のラーメン博物館である。
 大都市の人気ランキングで最下位と評せられ、自信を失いそうな名古屋ではあるが、よくよく見てみれば他所に無い自然や文化、人々の暮らしなど良いものもたくさんある。むしろ名古屋の人が自分のまちを知らないがための“アピール不足”ではないかと、これは私の見方である

オアシスG

 オアシス21の敷地約2haには、元は愛知県文化会館とNHK名古屋放送会館があった。昭和50年代後半に両者とも再整備構想がもち上がったのが、公園も含めた3者一体化構想のきっかけである。東隣にあった栄公園(約3.5ha)の一部をNHKと交換する。栄公園を久屋大通公園に含めて面積を増やし(建蔽率)、愛知県芸術文化センターを建てて跡地を公園にするという計画である。
 久屋大通公園の地下には、地下鉄駅やセントラルパーク地下街があるため、芸文センターやNHKとの行き来は、地下・地上・デッキの3つの通路が望ましい。地下広場・地上公園・空中水面(水の宇宙船)をもつ「立体公園」が誕生した理由である。このような公園は全国に例がなく、都市公園法にも想定されていなかった。何度も建設省と協議を重ねて、ようやく認められたものである。

オアシスH

名古屋テレビ塔

 名古屋でテレビが初放映されたのは、昭和26年(1951)のことである。その3年後にNHKの本放送が開始された。次いで、中部日本放送(CBC)がテレビ放送を始めたが、そうした新しいメディアの登場の中でテレビ塔が建設された。
 テレビ塔の開業は昭和29年(1954)のことである。高さは180m、当時は日本一高い建物であった。地上100mのところに展望台があり、6月20日の初日には約6000人もの見物客が展望台に登ったという。以来、戦災復興のシンボルである100m道路(久屋大通り)とともに、都心のランドマークとして市民に親しまれている。

テレビ塔G

 時は移り、テレビはアナログからデジタル放送への時代を迎える。テレビ塔はデジタル放送用の送信アンテナを添架するには強度不足と判断されたので、平成23年をもって電波塔としての役割を終えている。現在は瀬戸市にあるデジタルタワーから送信が行なわれている。
 地上高60mを超える塔や煙突は、航空法により赤と白に塗装する必要がある。しかし、このテレビ塔は銀色一色である。それは、法での規制が始まったのが昭和35年からであり、それ以前に建設されたこのテレビ塔には適用されないからである。銀色に光る姿は、「希望の泉」「オアシス21」など、どこからも美しい景観を見せている。(下右の写真は昭和29年当時に撮影)

テレビ塔H

丸栄の壁画

 中日ビルを話題にして、丸栄を掲載しないわけにはいかない。栄の百貨店「丸栄本店」は、すでに昨年6月に閉店している。完成は昭和28年(1953)、松坂屋・名鉄・三越と並んで「4M」と呼ばれて名古屋のデパートの代表であった。65年の長い歴史を閉じることとなったのである。
 建築の設計者は、日本を代表するモダニズム建築家・村野藤吾である。百貨店建築としては建築学会賞を受賞した唯一のものであり、「戦前の建物を基に増改築を重ねた珍しい建物」として評価の高いものであった。下の写真は、閉店記念セールで展示されていた模型である。

丸栄マップ

 この模型でも表されているように、西側の外壁に巨大な壁画が描かれている。高さ22m、横幅は17m、すべて小さなモザイクタイルで制作されている。建築を設計した村野のデザインで、緑色を基調に赤やオレンジ色を加えた、曲線や幾何学形の模様である。現在、保存のための移築先を探しているとのことである。
 丸栄は、大理石やアンモナイトの化石など貴重な石材が使用されていることでも有名である。
もう1つお客にとって印象的だったのは、エレベーターの扉である。作者は、昭和の美人画家・二科展のドンとも呼ばれた東郷青児である。この貴重な美術品も、再利用が検討されているという。

丸栄G

サカエチカ(地下街)

 地下街とは、地下鉄駅やビルの地下などを結ぶ公共地下通路の両側に、商業施設が発達したものである。名古屋には地下街が多いと言われている。その理由は、道路が広いことと関係しているのではないかと考えられている。これは私の考えだが、名古屋の気候の厳しさもあるのではないか?地下街を通れば、夏の暑さや冬の強風を避けられるのである。
 地下街が集中するのは、名古屋駅地区と栄地区である。栄の真ん中、栄交差点の地下に「サカエチカ」がある。延べ床面積約1万4000㎡、商業施設の面積は約6000㎡、80の店舗がTの字に並んでいる。Tの字の交差部分が「クリスタル広場」で、待合わせの名所になっている。

サカエチカG

 サカエチカが開業したのは昭和44年(1969)、今年でちょうど50年になる。この50周年を契機に、全面的なリニューアル工事が展開されている。耐震性の強化、老朽施設の改修、天井・壁・床などをお洒落に改装する工事などである。
 一昨年、トイレが新しくなった(当社・中部復建の設計)。一日10万人もの人々が歩く地下街にあって、もっとも頻繁に使われる施設である。クリスタル広場にはガラスのモニュメントと池があったが、撤去されてイベントもできる広場になった。お正月を迎えて、門松と猪のモニュメントが置かれている。階段も改修予定であるが、現在は、一年中綺麗な「立体花壇」が飾られている。

サカエチカH


季節通信33七草粥

京都御所の庭

 “鳴くよ鶯(うぐいす)平安京”、長岡京から都を移した年号794年を覚えるための語呂合わせである。明治2年(1869)に東京へ遷都するまでの1075年間、京都は日本の都であり続けた。京都御所は天皇の住まいであったが、平安以来何度となく火災などのために場所を移している。現在の位置に定まったのは、14世紀中ごろのことという。
 紫宸殿の北東に広がる庭園は、池を中心とした池泉廻遊式である。「御池庭」と呼ぶ。これもいろいろな変遷を経ているが、今のような形になったのは江戸時代初期であろうと考えられている。手前に小石の州浜が池に向かってなだらかに傾斜し、対岸には豪壮な護岸石組み、いくつかの石橋や土橋、松を中心とした植込みなどを配している。

京都御所マップ

 紫宸殿の南には、2本の樹木が象徴的に植えられている。「左近の桜・右近の橘」である。桜はヤマザクラ、日本の山地に自生する種類である。奈良時代は花と言えば梅であり、左近の樹は梅であったが、平安時代になると桜が好まれるようになり、「左近の桜」が成立したようである。
 「橘(たちばな)」はミカンの仲間、柑橘類に属する。柑橘類は、東南アジアから中国南部を原産地とするが、タチバナは日本の野生種と考えられている。古代から貴族に愛好され、万葉集に67首もの歌が収録されている。ただ、食用というより花や実が鑑賞用として好まれていたようである。

京都御所G
≪左・右は、紫宸殿の階(きざはし)から見たもので、正面から見ると逆になる・・・左の写真が橘、右の写真が桜≫

伊勢神宮の森

 明けましておめでとうございます。平成31年の始まりです。今年は、天皇陛下が4月30日に退位されます。平成は終わりとなり、新しい年号が始まりますので○○元年ともなる年です。記念すべきこの年が、幸多かれと願ってやみません。
 昨年末の12月23日、85歳の誕生日を迎えられた天皇陛下が記者会見されました。記者からの 「現在のご心境と、国民に伝えたいことは」 との質問に、半生を振り返りながら心情を吐露されました。テレビでは、途中のコマーシャルを挟むことなく、全てが一挙に放映されました。お言葉一つひとつに万感の思いが込められており、胸が熱くなりました。

伊勢神宮G

 伊勢神宮 (内宮) は、天皇のご先祖 「天照大神」 を祀る神社です。2000年の昔から、この地にご鎮座しています。宇治橋の前にある大鳥居をくぐると、いよいよ神域に入ります。五十鈴川の清流・参道の白い玉砂利・直径2mを越す杉や楠の大木などが、神宮の清浄さや荘厳さを醸し出します。
 さらに、素木 (しらき) の社殿を囲むうっそうとした森林に “ただならぬ何か” を感じます。神宮の “森厳” を守るために、太古から斧の入らぬ杜なのです。その5000haを越す広大な照葉樹林には、シイ・カシ・クスといった冬にも葉を落とさない樹木が生育しています。

伊勢神宮H


季節通信32ウラジロ

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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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