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大井川橋(再掲2016・03・20)

 金谷駅から北へしばらく進むと、かつては国道1号であった県道381号島田岡部線に出る。この旧国道1号に架かる橋が「大井川橋」である。橋長1026m、幅員8.3m、17連のトラス橋で、完成したのは昭和3年 (1928) のことである。トロッコでコンクリートなどの資材を運搬する時代であり、橋脚を建設するのは大変に難工事であったという。
 江戸時代、大井川に橋が架かっていなかったのは、江戸防衛のためでもあったが、この川の自然条件が悪いことも理由であった。すなわち、洪水時の水流が速く、川底に砂礫が多いので、橋脚や橋本体が壊されてしまうのである。実際、明治9年(1875)に建設された木造の仮設橋や明治16年建設の本橋も流失の憂き目に遭っている。

大井川橋マップ

 下の写真左は「大井川橋」、右は「天竜川橋」(本ブログ2015・11・28掲載)である。いずれも、走る車の中から撮影した。同じような青色のペンキで塗装されているので、前にも渡ったのではないかと錯覚してしまうが、よく見ると橋桁の構造が異なっていることが分かる。大井川はトラス (三角構造)、天竜川の方は、桁の傾斜が交互になるワーレントラスという型式である。
 大井川橋は平成15年に、土木学会選奨の土木遺産に指定されている。

大井川橋A

新金谷駅のSLターンテーブル

 大井川本線の出発駅は金谷駅だが、大井川鐵道の拠点は新金谷駅である。「SL」や「トーマス号」の発着駅でもある。広大な駅の構内には、SLの整備工場や露天の石炭置場もある。機関士や整備士がSLの整備をしたり、移動させる姿を見ることができる。
 その一角に機関車のターンテーブル(転車台)がある。新幹線などの電車は、前と後に機関車がついているので必要ないが、蒸気機関車では片側にしか運転台がついていないので、始終点駅で向きを変える必要がある。この転車台は、平成23年に完成した。桁の長さ17.5m、自重22.8トン、ハイブリッド方式で、電気で回転させるが人力でも動かすことができる。

新金谷駅

 真っ黒で重そうな機関車が転向する姿は、見ていて楽しいものである。かつてサンフランシスコで、有名なケーブルカーに乗ったことがある。その始終点駅で車両を転向させるのを見た。乗車待ちの人々がグルリと取巻いて見物していた。武豊線の廃駅・武豊停車場にも古い転車台がある。(このブログの平成25年4月2日参照)
 新金谷駅の駅舎は、大井川鐵道開通とともにできた古い建物である。木造、アメリカ下見板張りで上げ下げ窓の洋風建築である。黄土色の屋根瓦もレトロな雰囲気を醸し出している。昨年(平成30年)国指定の登録有形文化財に認定された。私の訪れた日には、壁のペンキ塗りが行なわれていた。

新金谷駅G

大井川鐵道 金谷駅

 南アルプス(赤石山脈)は大きな分水嶺で、西に流れた水は天竜川を下り、東へ向かった水は大井川となって、いずれも太平洋に注ぎます。鉄道は、天竜川側は豊橋駅からJR飯田線が、大井川沿いは金谷駅から大井川鐵道が、北へ向かって運行しています。
 今年3月に、大井川に沿って上流の寸又峡まで歩いてみました。大井川鐵道は、SL(蒸気機関車)の走る本線と、日本唯一のアプト式鉄道の井川線からなり、「動く鉄道博物館」とも呼ばれています。今回から数度に亘り、スリルあふれる吊り橋や深い渓谷の景色とともに、大井川沿いの「土木文化」をお届けします。

金谷駅マップ

 大井川鐵道が創立されたのは、大正14年(1925)のことである。金谷~千頭間が開通したのは昭和6年(1931)、もともとは、大井川上流部に建設する発電所やダムの建設資材輸送、あるいは森林資源の木材搬出が主体の「貨物輸送」が目的であった。(上の写真は中間地点の家山駅)
 大井川本線の玄関口は「金谷駅」、JR東海道本線の乗換駅である。ここから、昔懐かしいレトロな雰囲気の列車での旅が始まる。次の新金谷駅からは、「SL列車」や「きかんしゃトーマス号」にも乗ることができる。駅のホームでは、単線の線路の端末を見ることができる。

金谷駅G

豊橋市「小鷹野浄水場」

 豊川河川敷の「下条取水場」で、取水された伏流水は「小鷹野浄水場」で浄化され、「多米配水場」
から各戸へ配水される。豊橋市独自のこのシステムは昭和5年に構築された。給水を受けるのは、全市の40%におよぶという。
 小鷹野浄水場には、5つの「緩速ろ過池」がある。5つの池を順に流して段階的に浄化するのではなく、それぞれの池で浄化を完成しているという。全国屈指の清流である豊川の水が、河川敷の河床でろ過されて送られてくるので、ゆっくり時間をかけて沈殿・ろ過をすれば足るのである。

豊橋浄水場マップ

ろ過池の面積は、それぞれ1000㎡で合計5000㎡である。浄化能力は約2万6000㎥である。ろ過池の端に古風なコンクリート造りの建物がある。現在は「薬剤注入機室」との看板が付いているが、元々は「ポンプ室」であった。
 建物入口の両脇に古い水道管が展示され、説明看板も設置されている。説明によると、この管は多米配水場から東雲町地内までの「配水管幹線」に使用されたものである。内径50cm、昭和2年に「立型鋳造法」で制作された鋳鉄管である。

豊橋浄水場G

豊橋市「下条取水場」

 豊橋市では、上水道の水源を探すために、大正13年から調査が始められた。2年におよぶ探索の結果、豊川(とよがわ)の伏流水を利用するのが最も適当と結論づけられた。工事は昭和2年から開始され、竣工したのは昭和5年のことである。
 豊橋市街と豊川対岸の下地町12万人に給水が行なわれた。取水方式は、豊川河床2.4mのところに直径1.8cmの穴の開いたコンクリート管を埋めて伏流水を集める「集水埋渠方式」が採用された。この方式の利点は、取水量が安定することと、河床が濾過層の役割を果たすため、きれいな水が得られることである。

下条取水場G

 下条取水場で得られた水は、少し離れた小鷹野浄水場に送られて浄化された後、隣にある多米屏風岩山頂(海抜53m)にある配水場に上げられて各戸に送水されている。豊川での取水量は毎秒243リットルにもおよび、豊橋市全体の給水量の約40%をまかなっているという。

下条取水場マップ


季節通信46古代ハス

神宮東公園の噴水と彫刻

 熱田は古くから、東海道の「宮宿」として、また、熱田神宮の門前町として栄えてきた。明治になって後、南北を走る東海道に沿って、国鉄(現JR)東海道線や名鉄本線が敷設された。神宮東地区は、この幹線路を挟んで、熱田神宮の反対側にある。
 神宮東公園は、都市整備公団の賃貸住宅と一体的に整備された地区公園である。面積約10ha,昭和60年(1985)の完成後35年を経て、緑豊な公園に成長している。この公園には、体育館のような取り立てて大きな施設はないが、池や芝生、噴水や彫刻などが整備されていて、住民たちが落ち着いて利用している状況を見ることができる。

神宮東G

 公園は、道路を挟んで南北に分断されているが、歩道デッキにより信号なしで行き来できる。南にはステージや観客スタンドをもつ舗装広場があり、その中心に噴水が設置されている。ケヤキなどの樹林の頭越しに、集合住宅などの高いビルが見える。
 北側には大理石造りの壁泉があり、その池の畔に一体の彫刻が佇んでいる。銘は「待つ日」、二科展評議員も務める津田裕子氏の作である。隣に立つ公園灯も傍らの金属製ベンチも一体的な作品のように思われる。質の良い添景物は、公園の景観や価値を高めてくれると考える。

神宮東マップ


季節通信45花菖蒲


高座結御子神社と高蔵貝塚

 高蔵結御子(たかくらむすびみこ)神社は昔から「高蔵さま」といわれ、熱田神宮の御祭神とともにこの地方開発の祖神として仰がれてきた。また、子育ての神様としての信仰も篤く、幼児の成育と虫封じを祈願する風習が東海地方一帯に広く知られている。
 境内は古くから「高座の森」として知られ、クスノキやシラカシ、ケヤキの大木がうっそうと繁り、いわゆる照葉樹の森を形成している。その中には、珍しいカゴノキの古木も混ざっている。境内に入ると周辺の暑さから一転して、涼しくてしっとりとした空気を感ずることができる。

高蔵貝塚マップ

 境内の一角に木製の看板が立っていて、ここに貝塚があった由来を記している。「高蔵貝塚」は明治41年(1908)に、市電の大津町線延長工事のときに発見された。弥生中期の壷型の土器や彫刻の施された馬の骨、歯などが発掘された。
 当時は、まだ弥生文化が石器を使用していたことや、馬を飼育していたこともはっきりしていない時代であったので、この発見により全国でも一躍有名な一大遺跡となった。当時の街の様子は上の古図を見るとよく分かる。(吉田富夫、服部鉦太郎による『名古屋に街が伸びるまで』より引用した)

高蔵貝塚G


季節通信44カゴノキ
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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