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再開発事業

 ・・・大井川シリーズを続けていますが、ちょっと違う話題を挟みます・・・ 

 老朽化したり時代に合わなくなった町を、再整備して新たな市街地を作り出す事業。区画整理など各種の手法がある。熱田神宮の東、JR熱田駅から名鉄神宮前駅までの間、アーケードのある商店街や一歩中へ入ったところにある「神宮小路」などを含む一帯が新たな町に変わろうとしている。
 熱田神宮は、伊勢神宮や出雲大社に並ぶ大きくて古い神社である。「日本武尊(やまとたけるのみこと)」と、その妃「宮簀媛命(みやすひめのみこと)」の故事をもち、三種の神器のひとつ「草薙御剣(くさなぎのみつるぎ)」が祀られている。初詣や七五三のお参りなど、年間700万人もの参拝者が訪れる。観光の名所でもある。

再開発マップ

 かつて熱田参りの多くの人々は、国鉄熱田駅や名鉄神宮前駅から徒歩で神宮の入り口へと向かった。行き帰りの門前町で食事をしたり、お土産を買うなどをするため、商店街も大いに賑わったものであろう。現在は車での参拝が多いので商店街を利用する人は少なくなり、シャッターの閉まった店が多くなった。
 前津通りから奥に入った「小路」は、大正か昭和の匂いがする。古い木造の居酒屋などがまだ残っていて、なんとも懐かしい雰囲気が漂っている。再開発では、名鉄駅前のように新しいビルが建つのかも知れないが、古い情緒も残して欲しい気がする。

再開発G


季節通信50シラタマホシクサ

千頭駅の転車台

 千頭駅の改札からホームの奥深くに、蒸気機関車の転車台(ターンテーブル)がある。ちょうど転向の作業が始まるというので、走って現地まで行った。乗車客など一般の人も見ることができるので、同じように急ぐ人たちがいた。
 客車から切り離された機関車だけが、後ろ向きに進んでいく。複雑な操車線路を経て、前向きで転車台に入ってきた。ターンテーブルにすっぽり乗るといよいよ転向の始まりである。ここは新金谷駅と違って、電力を使わずに人力のみで回す方式である。

千頭転車台G

 驚いたことに、女性の駅員がたった1人で回転させている。(実は後ろ側で男性2人が押していたし、通常は4~6人で押す)それにしても重量感あふれる機関車を、いとも簡単(そう)に動かすので感動してしまう。180度向きを変えた機関車は、また、前向きに進んで行き、バックで客車と連結するのである。
 この転車台は、明治30年(1897)に英国のランソン&ラピア社で製造されたものである。日本に輸入された当初は東北線で使われ、その後、新潟県の国鉄赤谷線東赤谷駅に設置されていた。そして、昭和55年(1980)に千頭駅へ移設されたものである。日本に現存し、活用されているものとしては最も古く、平成13年に国の登録文化財に登録された。

千頭転車台H

千頭駅

 川根本町は、静岡市・浜松市・島田市といった県内の大きな市と、長野県の飯田市に境を接している。面積は約500平方キロ、名古屋市の約1.5倍である。人口は約6500人、大井川と大井川鐵道沿いにいくつかの集落があり、その中心が「千頭」である。
 千頭は交通の拠点でもある。現在は大井川本線の終点であり、「南アルプスあぷとライン」井川線の始発駅である。かつて「川根電力索道」が荷物を運んでいたことは先だってご紹介した。さらに、昭和40年代まで活況だった木材運搬のため、森林鉄道(昭和44年全線廃止)の拠点でもあった。

千頭駅G

 千頭駅ではいろいろな車両を見ることができる。SLの蒸気機関車や「きかんしゃトーマス号」のほか、他の鉄道で使われていた古い電車の、再活用された姿も見ることができる。例えば、「近鉄16000系」「南海21000系」「東急7200系」などで、鉄道ファンを喜ばせている。
 さらにホームの反対側には、「南アルプスあぷとライン」井川線の列車も止まっていた。千頭から約25km離れた井川駅まで1時間50分の旅である。この路線のトンネルは断面が小さい。それにあわせた車両も小さいので、「ミニ列車」とか「トロッコ列車」などと呼ばれている。

千頭駅H

青部吊り橋と中電大井川発電所

 千頭から2つ手前の「青部駅」も、開業当時の昭和6年につくられた古い駅舎である。改札のある駅舎と屋根のある待合とが離れて建てられているのが特色である。待合上屋にも木製のプランターが置いてあり、綺麗に花が植えられていた。
 駅から少し離れたところに吊り橋がある。この橋は対岸にある中部電力の大井川発電所へ行く通路であるが、現在は柵が張られて通行止めになっている。少し高い橋台に向けて、コンクリート舗装のスロープになっている。これは自転車で渡るためと思われるが、写真のように細い板の上をサーカスのように渡ったのであろうか。

川地蔵G

 大井川発電所は、昭和11年に大井川電力株式会社が運用を開始したものである。戦中・戦後の変遷を経て、現在は中部電力の所有となっている。上流の大井川ダムや寸又川ダムなどから水を流して発電している。有効落差約113m、最大出力は約6万8000kwである。
 川岸の近くに、赤い帽子を被った「川地蔵」が佇んでいる。文久2年(1861)ごろに、近在に水難事故が多発したので、青部村の人たちが発起人となって供養と安全祈願のために建立したものである。川原で拾った赤い石を奉納すると、短命・夭折を逃れることができるという。

川地蔵H


季節通信49ラグビー

田野口駅と「無人駅の芸術祭」

 大井川鐵道・本線では、19駅のうち①金谷、②新金谷、⑨家山、⑯駿河徳山、⑲千頭以外の14駅は全て無人駅である。いくつかの駅を見てまわったが、どの駅も掃除が行き届いており、花壇をつくって花を植えているところもある。駿河徳山駅では枝垂桜を植え、神尾駅では信楽焼きのタヌキを並べて特色を出している。
 田野口駅は昭和6年開業からの駅であるが、近年、何度かの補修が行なわれて良い状態で維持されている。平成22年には、静岡県の都市景観最優秀賞にも選ばれている。道路側からの窓枠が緑色に塗装され、アンティークの中にもモダンなイメージを演出している。

田野口駅G

 線路側の駅舎の横に、竹で作った長い梯子が立てかけてあった。電柱や電線など高所の点検や修繕に使用するのであろう。現代風であれば、アルミ製の伸縮するハシゴが普通であろうが、昭和の景色にこだわっているのだろうと思われる。
 入口の近くに、赤と白の縞模様の布看板が眼についた。文字が染め付けてあって「無人駅の芸術祭/大井川」とある。今年の3月に開催された若いアーティストたちによる「アート・フェスティバル」の幟(のぼり)である。右下の写真は、駅で配っていたパンフレットである。

田野口駅H

恋金橋と塩郷ダム

 家山、川根の先に塩郷・久野脇地区がある。塩郷駅の近くに吊り橋が架かっている。愛称「恋金(こいがね)橋」という。大井川上流部にはたくさんの吊り橋があるが、この橋が一番長いという。延長220m、水面からの高さは11mである。吊り橋の上からSL列車や県道を走る車を見ることができる名所である。
 昭和6年(1931)に塩郷地区と対岸の久野脇地区を結ぶ生活道路として建設された。久野脇地区の人が塩郷駅から電車に乗るにも便利だし、中学生が自転車通学にも利用していたという。この光景は昭和36年(1961)、上流に塩郷ダムができて車が通れるようになるまで続いていた。

恋金橋マップ

 塩郷・久野脇地区には縁結びのパワースポットがたくさんある。吊り橋の向こう岸には「恋の鐘」があり、手前の塩郷駅近くには「夫婦滝」がある。「おさんぽMAP」の看板を見ると、1時間ほどのコースの中に、縁結びの神社やお堂が数か所描かれている。「恋金橋」は地元の提案で名付けられたという。
 塩郷ダムは水力発電用の取水ダムである。ダムとは呼ぶものの、堤高が3.2mしかないので、河川法上は「堰(せき)」として扱われる。この堰で取水された水は支流の笹間川ダムに送水され、ダム湖に一旦貯水された後、再度トンネルで最下流の川口発電所に送られて発電に利用される。

恋金橋G


季節通信48五百羅漢

地名のトンネルと川根電力索道

 川根温泉笹間駅も過ぎ、大井川第一橋梁を渡るとすぐに地名(じな)駅がある。この駅も木造で無人、可愛らしい駅舎である。地名駅のすぐ近く、茶畑の中に不思議な形のトンネルがある。日本で一番短いともいわれる「地名のトンネル」である。
 不思議なのは、トンネルにつきものの山がないこと。線路と斜めに交差しているので、空からみると平行四辺形の形をしていること。屋根の上に草や小さな木が生えていることなどである。実はこのトンネルは、上からの落下物から鉄道を保護するための構造物なのである。

地名トンネルマップ

 かつて、このトンネルの上を「川根電力索道」(ロープウェー)が通っていた。索道に吊下げられた荷物が落下して、列車や乗客に被害が及ぶ危険を回避する必要があったのである。ただし、この索道は、昭和13年に閉鎖されているので、現在は無用の施設となっている。
 川根電力索道は、山をひとつ越えた藤枝方面の滝沢から地名・千頭を通って、沢間まで荷物を運んでいた。大正14年に運用を開始し、延長を重ねて昭和5年に全線開通した。しかし、昭和6年に大井川鐵道が開通すると経営が困難となり、昭和13年にその役割を終えたのである。

地名トンネルG

大井川第一橋梁

 大井川鐵道は金谷駅を出てから、大井川の右岸(川の流れの方向から見て右側)を走り続けている。国道473号も線路と並行して右岸を走っている。家山駅の西、道路の両側約1kmの間に400本ほどの桜が植えられていて、3月下旬から4月上旬にかけて見ごろとなる。「家山の桜トンネル」と呼ばれている。
 家山駅の次の抜里駅と川根温泉笹間駅の間で、初めて大井川を渡る。この橋を「大井川第一橋梁」と呼ぶ。大井川鐵道は、終点までの間に第一から第四までの橋梁で大井川を渡っている。通常、道路に架かる橋は「○○橋」と呼び、鉄道に架けられる橋は「□□橋梁」と名付けられるようである

大井川第一橋梁マップ

 橋の型式は「桁橋」、「ガーダー橋」ともいう。橋を支えるための「アーチ」や「トラス」を用いない方法である。この橋梁は昭和5年に建設された。大井川を斜めに横断するために長大であり、途中湾曲することもあって、当時としては有名な橋であった。
 現在は、SLを撮影する絶好のスポットとして有名である。左岸側からも撮影できるが、川幅が広いので、砂利の河川敷から見上げるアングルでも撮ることができる。川根温泉の露天風呂からもSLの走る姿を見ることができるという。
  ≪右下の写真は「家山の桜トンネルを走るSL列車」=大井川鐵道㈱提供≫

大井川第一橋梁G


季節通信47高山のユリ

家山駅

 大井川を遡り、9番目の駅が「家山駅」である。大井川鐵道が開業した昭和4年に建てられてそのまま、といった雰囲気である。外観は日本家屋風の木造・瓦屋根である。構内の片隅に、鋳鉄製の赤い郵便ポストが立っているのも懐かしい。
 駅舎内部も昔ながらの設えである。待合室には6角形の木製ベンチが据えられている。木枠のガラス窓や天井の長い蛍光灯も昭和時代そのものである。歴史を感じさせるこの駅舎は、度々、映画やテレビドラマの場面に登場しているという。

家山駅G

 屋根の上には、自然木の厚板に駅名が墨書されている。切符切りの駅員が立つ場所も木枠でできている。最近は自動改札によりICカードで出入りするので、定期券を見せたり切符をやり取りする方法が、何か新鮮な感じがする。
 この駅は、上下線がすれちがうこともできるように、線路が複数設置されている。また、SL列車が停車する駅でもある。線路の脇に、大きなタンクが高い位置に据えられている。これは蒸気機関車に水を補給するための装置であろう。

家山駅マップ
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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