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害獣の見張り台

 自然の森にはいろいろな動物が生息している。哺乳類では、イノシシ、シカ、キツネ、ウサギなどである。森に棲んでいる間は人間とも仲良しであるが、森から出て畑の穀物を荒らすとなると害獣として駆除の対象になる。
 森と、牧草地や畑の境に木製の“砦”がある。道路を走ると、どの畑にも1つか2つ佇んでいる。森から出てきたシカやイノシシを銃で撃つための「見張り台」なのである。高さは3mほど、階段とハンターが隠れるための板壁がついている。

ハンターG

 畑の耕作者は、ハンターのグループに作物を守るように依頼する。ハンターたちは交替で見張り番となる。獣はおおむね夜行性なので、当番は夕暮れから深夜におよぶ。私も2度ほど同行した。遠くにシカの姿を見たが、残念ながら発砲のシーンを見ることはできなかった。(ホッとしたかも)
 “砦”は木製なので、数年に一度は造りかえる必要がある。その作業にも参加させていただいた。屈強なハンターたちが、丸太と厚板で組み立てていく。見る見るうちに10数基が完成する。終われば楽しいランチタイムである。私も作業を手伝ったので、偉そうに砦の上で記念撮影!!(矢印)

季節通信62早咲きの桜

ヨーロッパの畑作

 再び航空写真、今度はアップで見てみる。幾何学模様のモザイク画は、ヨーロッパの農村である。濃い緑色と黄みどり色、そして黄土色の3つに分かれている。黒っぽく見える濃い緑は自然の森、黄みどりは牧畜の草地、黄土色が畑である。
 ヨーロッパアルプスを除いて、あまり高い山がないので全体になだらかな丘陵である。畑は、日本の水田のように水平である必要がないので、地形のまま緩やかな傾斜地となっている。季節にもよるが、私の見たのは「ヒマワリ」、「菜の花」、「小麦」であった。いずれも広大で延々とどこまでも続いている。

ヨーロッパの畑 マップ

 オーストリアからチェコに入る辺り、EUになってからは国境での入国審査がないのでどちらか判然としないが、異様な真っ白な畑があった。車を降りて見てみると、驚いたことに「ケシ」である。花は終わってすでに実になっている。幸運にも、ひとつだけ花が残っていたので写真を撮ることができた。
 実の大きさは、卵より少し小さいくらい。白い粉を吹いたような色合いである。私の認識では、ケシはアヘンの原料になるので栽培禁止である。話を聞いてみると、この地方では麻薬を作るためでなく、「芥子粒」として食料にするために栽培しているとのことであった。

ヨーロッパの畑 G

チェスキー・クルムロフの護床工

 チェスキー・クルムロフには、ハンガリーのブダペストからオーストリアのウィーンを経て、プラハへ向かう途中で立ち寄った。歩いていると気付かないが、案内看板の立体地図を見ると町の形がよく解る。名の通り、S字に蛇行する川に立地した町である。
 右の図で、右側が王宮を中心とした街、左は教会を囲むように発達した住宅地である。ひとたび戦争となり外敵が押し寄せると、戦士だけでなく住民もろとも滅ぼされてしまうような中世のヨーロッパでは、街そのものを外壁や水面で囲い込む必要があったのであろう。

チェスキー マップ2

 海外旅行をすると、必ず朝早く目が覚めてしまうので、ゴソゴソして迷惑にならないよう「朝散歩」をすることにしている。狭い町なので、1時間ほどですべてを見て歩くことができた。川幅いっぱいに堅固な石造りのダムがあった。急流の激しい水流を穏やかにするために設けられた「護床工」である。
 ヴルタヴァ川としてはまだ上流の位置にあり、アルプスの急斜面も近いので大雨になると激しく流れるのであろう。普段は穏やかな流れであり、水も澄んで美しいので、水辺には生活の香りが色濃く漂っている。レストランのベランダにはハンギング・バスケットが飾られ、住宅地の護岸にはバラが植えられていた。

2チェスキーG

馬車道の石畳(南ボヘミアの城下町)

 ヨーロッパの航空写真を眺めていると、見えてくるものがある。イタリア半島の突当りにアルプスの壁があり、北のドイツを隔てている。アルプスの北に丸い山並み、東に逆S字型の低い山脈がある。丸の中がボヘミアの盆地、S字の中がハンガリー平原である。
 ボヘミアとその東のモラヴィアを合わせてチェコの国を構成する。さらに東は、かつてはひとつの国であったスロバキアである。アルプスを水源とするヴルタヴァ川(ドイツ語ではモルダウ川)がボヘミア盆地の水を集めて北へ流れ、プラハ(紫色の丸)を通ってハンブルグから北海へと注いでいる。

チェスキー マップ

 南ボヘミアに「チェスキー・クルムロフ」(赤い丸)という城下町がある。世界一美しいとも称される古都である。名前の由来が“川がS字に曲がるところ”と言われるとおり、水に囲まれた要害の地である。教会の尖塔を中心に赤い瓦屋根の建物が、形は様々であるが調和を保ちながら並んでいる。
 町を歩く道路は小舗石の石畳で、ピカピカに磨かれている。今は自動車であるが、かつては馬車の車輪が石を削ったのであろう。交差点の角には、勢いのある馬車から家を守るために硬い自然石が積まれていた。消火栓も守られているが、その塗装の色合いが何とも可愛らしいではないか。

チェスキーG

東山植物園の「合掌造りの家」

 東山植物園の日本庭園、奥池のほとりに「合掌造りの家」が建っている。元々は岐阜県大野郡白川村字大牧にあったが、昭和30年ごろから鳩谷ダムの工事が始まり、大牧集落一帯が水没することとなったのである。そこで、この家の所有者太田家から寄贈を受け、昭和31年にこの地に移築されたものである。
 この建物は、集落の中でも最も大きく由緒のあるもので、今から180年前の天保13年(1842)に築造されたという。広さは264㎡、高さは10m、四層茅葺き屋根である。分家をしない次男・三男も含めた大家族が、一緒に住む家であった。

合掌マップ

 一階は柱を使った組み立て式、二階以上がいわゆる「合掌」で丸太による小屋組みになっている。この家を造るのに、釘やカスガイは一切使われていない。丸太は「ねそ」と呼ばれる生木で結束される。「ねそ」とはマンサクのことである。この材は年月を経て乾燥が進むほどに締まっていき、結束がより固くなっていく。
 合掌造りの家は、日本庭園の中心にある。奥池の手前は「也有園」、西の谷は「椿園」になっている。北の奥は、植物園で最も深い谷で、中部地方に自生する植物が生態的に植栽されている。太田家の家は、故郷を離れたが、周りの環境は移築前と同じように自然豊かである。

合掌G


季節通信60早春の花

井川ダム

 大井川鐵道「井川線(南アルプスあぷとライン)」の終点は「井川」である。小ぶりな車両に乗り、途中の急坂は「アプト式電気機関車」に押されて登ってきた。蛇行する大井川に並行して走るので、細かいカーブの多い線路である。
 井川駅を降りてしばらく進むと、巨大な井川ダムが見えてくる。堤高103.6m、堤延長243m、堤体積43万㎥である。水を湛える面積は422ha(東山・平和公園とほぼ同じ面積)、「井川湖」と呼ぶ。緑深い山々に囲まれ、満々と水を蓄えた美しい湖である。

井川マップ

 井川ダムは、昭和27年に着手され32年に完成した。戦後の経済復興を背景に、電力需要が高まっていたのである。日本初の「中空重力式コンクリートダム」、全国3000か所の中で13か所のみという珍しい型式のダムである。(2019・11・18の「横山ダム」参照)
 ダムの真下に「井川水力発電所」がある。約93mの高さから水を流し、最大出力6万2000kwを発電する。井川湖の湖畔を散策できる遊歩道を歩いた。元は井川ダムから堂平広場を結んでいた廃線敷で、愛称は「廃線小路」という。従前使われていたレールやトンネルはそのままである。

井川I

南アルプスあぷとライン

 大井川鐵道「南アルプスあぷとライン」については、昨年秋に(2019・09・18参照)このブログでご紹介した。90パーミルの急勾配を登るためのラックレールやラックギアの写真も掲載した。
 先回は車での取材だったので乗車は果たせなかったが、今回は鉄道旅だったのでアプト式鉄道に乗ることができた。小型な車両は、二人掛けと一人掛けのシートの3列である。歯車で登るときには、大きな音や振動があるのかと思っていたが、あまり感ずることはなかった。

井川G

 車窓から長島ダムやダム湖を眺めることができる。先回道路側から見た、不思議な形態の「奥大井湖上駅」(2019・09・26参照)を、今回は列車から見ることとなる。赤い鉄橋がダム湖に突き出た半島に突き刺さるように見える。
 「アプトいちしろ駅」では、アプト式電気機関車が列車に連結されるシーンを見た。車掌さんの手旗に従って機関車と列車が静かに合体する。乗客のほとんどが、降りて写真を撮っている。帰りの「長島ダム駅」でも連結シーンが見える。下の写真は、機関車(矢印)が迎えに来る場面である。

井川H

台湾「十分(シーフェン)」のランタン祭り

 2月に台湾を旅した。セントレアからフライト3時間という近い国である。サツマイモのような形をした島で、面積は九州よりも少し小さい。真ん中よりわずか南に北回帰線(夏至に太陽が真上に来る)が通る常夏の国である。2月というのに気温は20℃前後、薄い上着で過ごすことができた。
 台北から1時間くらいの所に「九份(チューフェン)」という町がある。19世紀末に、金の採掘で栄えたが、今は採算が取れず閉山となっている。ところが、「千と千尋の神隠し」の一場面に登場したことで人気となり、日本人も含めた若者で賑わっていた。100段を超える急階段の両側に軒を並べる商店街である。

台湾マップ

 「九份」の隣が「十分」というのも面白い。ここには「平渓線(ピンシーシェン)」というローカル線の駅がある。線路沿いにひしめく雑多なお店が魅力の町である。この町のもう一つの売り物は、ランタン(天燈=テンダン)である。日本では考えられないが、線路の中へ入り込んで遊んでいる。
 ランタンは、三国志の英雄「諸葛孔明」が発明したという。昼の狼煙(のろし)と同じように、夜の通信手段に使用した。竹で丸い枠をつくり、紙の風船をつける。燃料は油紙、火をつけると軽い空気が風船に貯まり、気球のように上昇する。何とも幻想的な風景である。

台湾G


季節通信59ナツメ
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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