FC2ブログ

Entries

大鹿村「36災害」の傷跡

 先回の「中央構造線博物館」の写真をもう一度見ていただきたい。後方に写る大西山の山肌が、大きく崩れたまま赤茶けた状態が見て取れる。「36災害」、昭和36年(1961)6月下旬に信州伊那谷を襲った集中豪雨の傷跡である。60年経った今も、崩落跡には一木一草生えていない。
 降雨量は523mm、各地で山津波崩落を起こし、多くの家屋・田畑・人命に被害を及ぼした。特にこの大鹿村では、大西山で前代未聞の大崩落が発生し、川沿いの集落を飲み込んでしまった。土砂の勢いは対岸にも及び、合わせて40戸の住宅と42人の命を奪ってしまった。

大鹿村崩落地

 20年ほど前、桜の時季に一度訪れたことがある。崩落した土砂がなだらかな丘を形成しており、その上が公園となって一面に桜が咲いていた。堆積土砂の量は、354万㎥と計測されており、取り除くことは不可能であろう。地下深く眠る人々の上に、鎮魂の意味を込めて桜を植えたのである。
 未だ剥き出しになったままの岩肌を背景に、観音像が立っている。平成3年(1991)に、被災30周年を記念して、村民有志が建立したものである。近年、一日500mm、時間100mmといった豪雨が各地で頻発している。このような悲惨な災害が、再び起きないことを祈るばかりである。

季節通信79夏の花

大鹿村「中央構造線博物館」

 中央自動車道・松川インターからまっすぐ(曲がりくねっているが)西に走ると大鹿村に至る。天竜川方面から山脈を見ると、手前の伊那山地に遮られて南アルプスを望むことはできない。冬季、わずかに頭をだした3000m級の山々の、白い雪帽子が見えるだけである。大鹿村はその谷間にある。
 「中央構造線博物館」は名の通り、日本一の大断層を説明する博物館である。駐車場を降りると広場があり、大西山をバックに瀟洒な建物がある。広場にはたくさんの岩石(鉱物)見本が置いてある。園路の中央に直線のブロックが設置され、「中央構造線」と記してある。正にここが断層なのだ。

大鹿村博物館G

 九州から四国、紀伊半島を通って渥美半島、豊橋あたりから北へ曲がって諏訪湖に至る、日本列島の骨格ともいえる地層である。南側・東側を外帯といい、北側・西側を内帯という。このラインの内か外かで、構成する鉱物がまったく異なるという。広場の岩石は、その様子を示している。
 部屋に入ると、さらに詳しく中央構造線が説明されている。日本列島の成り立ち、プレートの動きや火山活動の歴史を、パネルを見ながら学芸員さんが説明してくれる。二階には10畳ほどの大きなジオラマがあり、岩石の縞模様が平面的にも立体的にも分かるようになっている。内容説明は、ぜひ現地で!!

大鹿村博物館マップ


季節通信78タケニグサ

岩倉城址と山内一豊生誕地

 岩倉駅の南東、五条川の畔に「岩倉城址」がある。この城は織田伊勢守の居城で、信長により落城させられる永禄2年(1559)までの80年間、尾張上半国支配の拠点であった。現在は「岩倉城址」と「織田伊勢守城址」の2つの碑が立つのみである。
 岩倉城主の中でも最も活躍した織田信安夫妻の墓が下本町の誓願寺に建てられている。この墓碑は、元は信安の子孫が名古屋市東区の含笑寺に建立したものであるが、戦後の区画整理により平和公園に移されていた。昭和39年になって、夫妻ゆかりのこの地に移設されたものである。

岩倉城址G

 岩倉城址のすぐ北に神明生田神社がある。本殿と拝殿があり、その左隣に背の高い建物が建っている。中には中本町の山車が格納されている。本殿に向かって右側、こんもりと茂った樹林の中に「山内一豊生誕地」の記念碑が立っている。一豊は、この地で生まれ育っている。
 山内一豊は、本人よりもむしろ“その妻”の方が有名である。一豊は信長に仕えたのち秀吉の家臣となり、小牧・長久手の戦いなどに参軍している。関ヶ原合戦では東軍につき、土佐一国20万石の領主となった。一豊の出世のために尽くした妻・千代の逸話は、第二次世界大戦以前の日本において、賢妻のモデルとして高等女学校の教育に採用され、広く人の知るところとなった

岩倉城址H

岩倉市自然生態園

 岩倉市の西端部、東名高速道路近くに自然豊かな公園がある。市が「自然との共生」を目指して、固有のビオトープとして整備した。園内には小川や池、湿地などがあり、この地域に自生する木や草が植栽されている。つい最近まで、どこにでも当たり前に生息していた数多くの生き物を呼び戻そうとするものである。
 入口の近くに「ワークハウス」と呼ぶ建物があって、園の概要を説明するとともに昆虫や植物の標本を展示している。橋やあずま屋(休憩所)、草屋根昆虫館などの施設もあって多様な生態を観察できる。面白いのは「こうもりタワー」(写真の矢印)で、三階ほどの高さに小屋があり、小さな穴から蝙蝠が出入りするという。

岩倉自然生態園

 この生態園は、隣接する津嶋社も一体的に利用できるようになっている。この境内の森はいわゆる照葉樹林で、鬱蒼とした常緑樹に被われている。200年を越えるアラカシもあるという。梅雨時のせいかジメジメと湿気が多い。大木の幹にヤモリが這い登っていた。
 一部はモウソウチクの竹林で、樹林と混交している。その中に珍しい現象を見つけた。朽ちて空洞になったアラカシの幹に、モウソウチクが突き抜けて生育しているのだ。どう見ても途中から入り込んだものではなく、根の中央に穴があって、そこからタケノコが入り込んだものとしか考えられない。
▲ページトップ

Appendix

カレンダー

07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

コンパクト月別アーカイブ

最新記事

         

建設・補償コンサルタント

ランキングに参加しています!

プロフィール

FC2USER480348EQK

Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック

        

検索フォーム

QRコード

QR
▲ページトップ