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アイルランドの酒造工場

 東海岸にある首都ダブリンから西海岸へ向かう途中に、キルベガンという村がある。小川に架かる橋の畔に煉瓦造りの煙突が立っていて「WHISKEY」と書いてある。面白い建物だったので写真を撮った。日本へ帰ってから司馬遼太郎の『街道をゆく・愛蘭土紀行Ⅱ』を読んだ。その中に次のような部分があった。まさにこの写真の工場のことを書いたのだろう。以下引用・・・
 「キルベガン・・・ダブリンより西へ90km。路傍に清らかな小川がながれていて、古いウィスキー工場が建っている。建物は石を積んでシックイを塗ったアイルランド農家の建て方で、エントツだけが赤レンガである。“古いウィスキー蒸留所を修復した保存建造物”という意味の掲示が出ているから、村の文化財にちがいない。・・・」 ちなみにスコッチは「WHISKY」と表記し、Eが入っていない。

アイリッシュ酒

 その小川には中洲があって、ヤナギなどの樹木が密生している。そこに簡単な立札が立っていて、「WILDLIFE SANCTUARY」と記してある。すなわち「野生の聖域」を示している。水も、そこに棲む魚も、植物も、訪れる野鳥も大切にしようという思想である。
 アイルランドの名産は、アイリッシュウィスキーと、もうひとつギネスビールがある。ダブリン近くにビール工場があって、試飲つきの見学をさせてもらった。ウィスキーもビールも原料は大麦である。郊外に広大な麦畑があった。

アイリッシュ酒2


季節通信92鬼

アイルランドの石灰岩台地

 自宅近くの話題から、遠い海外のお話しへ。コロナの影響などで取材散策ができず、ネタが尽きてきましたのでお許しください。古い写真集から探し出しています・・・
 15年ほど前にアイルランド旅行をしたことがある。イギリス(大ブリテン島)の隣にある子犬が丸まったような形の島である。氷河時代に表土が削られたため、石灰岩の岩盤が剥き出しになっている。それは西に行くほど顕著で、大西洋に面する西海岸では、岩の割れ目のわずかな土壌に高山植物(緯度が高いので平地で生育している)が張り付くように咲いていた。

アイルランド修正

 農耕地を眺めるとブロックごとに石垣で囲われている。これは貴重な土壌が風に飛ばされるのを防ぐためである。1mほどの高さの石積みを見ると、人の手で持ち上げられるほどの石で、隙間が多くつくられている。強い風は防ぐが、作物の病気を防ぐための風通しは確保しているのだ。
 アイルランドはカトリックの国である。ピューリタン(清教徒)革命で有名なクロムウェルに弾圧された歴史をもつ。畑の真ん中に見捨てられた教会の残骸が残っていた。こちらの古い建物は、石灰岩で壁を構築し、屋根は木材で小屋組みをする。木は朽ち果てたが、石壁だけが残ったのであろう。
 面白いことに現代の建築も、自然石がコンクリートブロックに変ってはいるものの、屋根は木造という同じ構造で建てられていた。(右下の写真は、建築中の建物)

再び「横井也有旧宅のムクノキ」

 植物園時代からの友人が、私のブログを見てメールをくれた。2020年1月12日に掲載した「横井也有宅跡のムクノキ巨木」についてである。関連する古い新聞を添付してくれた。彼は、東山植物園や鶴舞公園などの歴史を調べるため、中央図書館などに入り浸っている学究の人である。
 昭和42年10月7日付けの記事である。“横井也有の屋敷跡に聳えるムクノキが、市住宅供給公社が建てようと計画する「那古野ビル」の邪魔になる”というのだ。公社は、大枝と根の一部を伐りたい考えだが、古くからご神体と崇められてきた古木なので決断がつかないとの内容である。

ムクノキ修正

 移植したらどうだろうと元東山植物園長で、市の文化財委員でもある横井時綱氏(也有の子孫)に相談したところ、大きすぎるし樹勢も弱っているので無理との回答であった。困った公社は市長(杉戸清氏)に相談すると、「建設の名で安易に木を切ることは許さない。大木はできるだけ残せ」との指示だった。それから50数年、今もビルの間に樹勢を張っている。
 道路際に立つ史跡の看板を見て、那古野ビルの中庭に入ってこのムクノキを見つけた。新年早々のブログに掲載したことが友人の便りに繋がり、貴重な古新聞に出会うこととなった。古い土木文化を訪ね歩くこのブログが、“まちの魅力の掘り起こし”に役立てばと思っている。

巨大ショッピングモール「ららぽーと」

 昨年9月に「ららぽーと愛知東郷」がオープンした。敷地面積約9ha、延べ床面積10万5000㎡、駐車場台数3900台というスケールの大きさである。店舗の数は201、この地域のショッピングモールとしては最大級である。
 ららぽーとの場所は、東郷町役場と「和合ゴルフ場」とに挟まれた位置にある。現在、東郷中央土地区画整理事業(セントラル開発)は70%の進捗率であるが、その目玉的商業施設として誘致された。40haの区画整理面積の約4分の1を占める大事業である。

ららぽーと

 建物の外観は、あまり派手でなくオレンジと茶系の色彩を基調としている。店舗名を表示する看板もそれほど多くなく、全体に上品に仕上げられたと感じている。写真は、中央のアトリウム、ソファーの置かれた休憩ゾーン、曲線を駆使した通路である。
 私の家から歩いて5分という便利さなので、ときどき散歩がてら買い物に行く。レストランやフードコートも充実しているが、まだ利用したことはない。40年ほど前に、田畑や樹林の多い自然環境が好ましくて移り住んだが、高齢となった今では、買い物に便利な「都会」になったことを有難く感ずる。

祐福寺の仁王門

 東郷町にある祐福寺は、その「勅使門」について2013年12月19日にご紹介した。今回は「山門」、鐘楼を兼ねた「仁王門」についてである。祐福寺は、瀬戸・大府線の旧道と名古屋・岡崎線の交差点近くにある。
 私の自宅は、最近開店した「ららぽーと」と東郷町役場の間にあり、祐福寺は散歩の時の目標地点になっている。祐福寺まで30分、境内でストレッチ体操をした後、境川の堤防道路を歩いて帰ると1時間を越え、1万歩近いウォーキングとなる。

祐福寺 修正

 本堂は長い階段を登った上にあり、門を入ったところの広場に面して建つ大きな建物は「阿弥陀堂」である。徳川家康が寄進した阿弥陀如来像や弘法大師像、地蔵菩薩像などが安置されている。阿弥陀堂の隣には、棟の上に煙出しの小屋根を乗せた庫裡がある。
 山門は二階造りの楼門になっている。明治25年に建立されたという。二階には大きな釣鐘がある。戦時の金属回収で供出させられたが昭和24年に再鋳造された。門の左右には見事な仁王様が、阿と吽の口でまさに仁王立ちしている。鳩除けの金網が施してないので、綺麗な写真を撮影することができた。

名古屋城の三の丸庭園

 名古屋城の三の丸には、県庁や市役所、国の機関など、いわゆる官庁が集積している。「官庁街」と称する。その南東角、外堀が直角に曲がる所に名古屋市公館があり、その南に日本庭園がある。「三の丸庭園」という。
 名古屋市の迎賓館である公館の南から石畳(延段)があり、鄙びた枝折戸を潜ると古式豊かな庭園が広がっている。土塁の上の鬱蒼とした森に包まれているので、気付く人も少なく訪れる人数も多くない。隠れた名園と言えるかも知れない。

三の丸庭園

 ルーツを辿ると、明治時代に設置されていた陸軍将校のクラブ「偕行社」の前庭だったという。茶道の宗匠が設計し、地元の造園家が施工したものである。手前には大きな平石を使用した飛び石があり、枯山水の池の奥には滝石組みが配されている。石橋や築山にも巨石が使用されている、
 しかし、それらの豪壮な庭石を見ると、名古屋城二の丸庭園の古図に描かれたものと一致するものがある。特に舟形の石は、間違いなく二の丸庭園のものだろうと考えられている。二の丸跡(今は県体育館)には陸軍第六連隊の兵舎があった。連隊の将校たちが、二の丸庭園を壊したのである。


季節通信91スイセン

安祥城址と歴史博物館

 安祥城の築城の年代は古く、室町時代の永享年間(1429~1441)ごろと考えられている。碧海台地東縁部の半島状の高台に位置していて、周りを湿田に囲まれた天然の要害である。戦国時代には松平氏の居城となり、織田氏との間で数度の攻防があったと伝えられている。
 その後、松平氏の本拠は岡崎に移され、江戸時代は廃城となり畑になっていたという。寛政4年(1792)に了雲院(大乗寺)が移転してきて現在に至っている。城跡全体は現在、安祥城址公園として一般に開放されている。お堀だったかつての地形を生かして、起伏や池のある景観を造っている。

安城歴史博物館

 公園に隣接して、安城市の公民館、歴史博物館、埋蔵文化財センター、市民ギャラリーが設置されている。安城市内には約250か所もの遺跡が知られていて、開発行為などにともなって発掘調査が行われる。出土した遺物は埋蔵文化財センターに保存され、研究・展示が行われる。
 歴史博物館は、矢作川流域の政治・経済・文化に関する資料を展示している。展示室中央に飾られる「人面文壺形土器」は、市内で出土した弥生時代終末期の焼き物である。中央に入れ墨のある人の顔が描かれているが、これほどはっきりとしたものは全国にも例がなく、国の重要文化財に指定されている。

明治川神社と永安寺「雲竜の松」

 国道1号、名鉄新安城駅の北に、功績のあった偉人を祀る、由緒ある神社とお寺がある。
 「明治川神社」は、明治用水の通水を祝って創建された神社である。この用水は水不足に悩む碧海台地の人々が、江戸時代より望んだ開発であるが、完成したのは明治13年(1880)になってからである。
 明治用水については、2016年7月27日から3回に亘って、このブログで取り上げているのでご覧いただきたい。明治川神社は「大水上祖神(みくまりのおやのかみ)」始め三柱の水に由縁の深い神々を祀るとともに、明治用水開発に功績のあった4人の偉人を合祀している。

明治川神社マップ

 永安寺は、山門と本堂に加えて、門の前に地蔵堂があるのみの小さなお寺である。その由来書によると、江戸初期のころ刈谷藩から村に対し、宿場へ人馬を提供する「助郷役」が命じられた。庄屋は、村の窮状を訴えて免除を願い出た。宝永5年(1677)、彼は直訴の罪で死罪を賜ったという。 
 しかし願いは届けられ、村の助郷役は免除になった。村人たちは庄屋に感謝し、彼の旧宅に草庵を建立したが、後にお寺として整えられた。目を見張るのは境内いっぱいに広がった松である。高さは低く3方へ長い枝が伸びている。根元の幹は太く地を這っているため風に強く、350年も生き延びている。


季節通信90冬の花

ハンガリー平原の牧畜

 中央アジア・ウラル山脈あたりのステップ地帯にいた遊牧騎馬民族マジャール人が、4世紀ごろから西に移動を始め、10世紀初め東ヨーロッパにハンガリー王国を打ち立てた。「ゲルマン民族大移動」の原因という。ハンガリー平原では、今も遊牧生活の名残りを見ることができる。
 5年ほど前ハンガリーを訪ねた時に、大草原を体験することができた(遊牧民の案内で騎乗しているのは筆者)。はるかかなたに、日本では出会うことのない地平線が見える。馬を思うままに操る騎馬民族の見事なデモンステーションも見ることができた。

ハンガリー平原

 馬に乗りながら飼育するのは羊・山羊・豚(イノシシ)、それに牛である。ここでは、日本では見たことのない様々な種類の牛が放牧されている。名前は聞きそびれたが角の長い白い牛、沼地で水浴びをしているのは水牛の仲間であろう。
 牛には胃袋が4つあり、何度も繰り返し噛むことにより草を消化する。反芻動物という。この仲間にはウシ・ヤギ・ヒツジなどがある。カモシカは「シカ」とはいうが、ウシに近い仲間である。ウシの分類はややこしいがホルスタインなどの乳牛と黒毛和種などの肉牛に分けることができる。


季節通信89ロウバイ

天満宮の牛

 2021年の始まりです。昨年は新型コロナの蔓延など、明るい年だったとは言えません。今年こそ、太陽が輝くような明るい良い年にしたいものです。新年とは言え、人の混雑するような大きな寺社への初詣は憚られてしまいます。近所の氏神様か菩提寺への参拝にしようと思います。
 私は、子供の受験生時代にお参りしたのをきっかけに、毎年、岡崎にある「岩津天神」に初詣することにしていました(今年は行けません)。天満宮は、菅原道真公を祭神とする学問の神社として、多くの人たちに親しまれています。全国に1万2000もの天満宮があるそうです。

天満宮の牛2

 天満宮には必ずと言っていいほど、道真に縁の深い「牛」の像があります。牛の体を撫でると頭が良くなったり、病気が治るなどのご利益があるそうです。上の写真は岩津天神の牛、下は京都・北野天満宮の牛の写真です。
 天満宮にはもう一つ、梅の木が付き物です。「東風(こち)ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」(宝物集)、九州・大宰府に左遷となった道真が京を偲んで詠いました。今年は丑年ですので、牛の話題から始めました。
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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