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平城宮の「東院庭園」

 大化の改新(乙巳の変=645年)を成し遂げた天智天皇の後、壬申の乱を経て天武天皇の世となる。天武の後を継いだ持統天皇(天智の娘・天武の皇后)の孫に当たる文武天皇が早逝すると、その母であり持統の妹である元明が天皇を継ぐ。「平城京」は、文武時代に審議され、元明がその思いを成し遂げて710年に遷都した。(ちなみに持統、元明は女帝である。) 
 「乙巳(いっし)の変」「白村江(はくすきのえ)の戦い」「壬申の乱」と動乱の前世紀であったが、ここへ来て安定してきたのであろう、堂々たる都城の建設が行われたのである。東西4.3km、南北4.8km(天白区の面積と同じくらい)、碁盤割りに区画され、中央に朱雀大路が走る。その北端に平城宮がある。

平城宮マップ

 “鳴くよウグイス平安京”と年号を暗記したように、平安京へ遷都した794年の後には忘れられた都となり、ついには田畑となってしまった。明治・大正期になって歴史考察が行われ、保存会も結成された。平成10年に「朱雀門」が復原され、平成22年には「大極殿」も復原されて「平城遷都1300年祭」が開催された。
 大極殿から見て左側、東端に「東院」がある。その東南角に「東院庭園」があった。昭和47年から発掘調査され、平成5年から復原工事が始まり、10年に一般公開された。平安貴族の「寝殿造り」に先立つ日本庭園の原点とも言える庭であり、奈良時代には歴代天皇が宴会や儀式を行っていたという。

季節通信116ミョウガ

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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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