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③ウルシゼ橋

 道の駅「どんぐりの里いなぶ」を過ぎてトンネルをくぐり、最初の信号交差点で左に曲がる。しばらく進んで「川手トンネル」の直前で右に折れる。トンネルができるまでは、この道路が主要な道であったのであろう。現在も地域の「どんぐりバス」が走行している。
 さらに古い路線に「ウルシゼ橋」が架かっている。この橋も通行禁止になっている。「RC開腹アーチ橋」、橋長約28m、幅員3.4m、開通は大正7年である。「開腹」というのは、アーチの上部に柱を立てて隙間をつくり、透けて見える構造を言う。コンクリートなどで充填されているものは「充腹アーチ橋」と呼ぶ。

ウルシデ橋G

 4つの橋の中で、唯一河原に降りて写真を撮ることができた。橋台・アーチ・柱・梁・橋面・手すりまで全てコンクリートで出来ている。下から概観を眺めたところ、100年以上経過しているのに鉄筋などの剥き出しなどを見ることができない。よほど丁寧に工事をしたのであろう。
 川手トンネルは、“愛知県で唯一のメロディートンネル”という個性をもっている。車が走行速度を守って走ると、タイヤとの摩擦で音楽が鳴る。曲目は「どんぐりころころ」である。ただし、恵那方面に向かう車だけが聞くことができる。入り口の壁にもどんぐりや紅葉の絵が描いてあった。

ウルシデ橋マップ

季節通信132コンニャク


②真弓橋

 道の駅「どんぐりの里いなぶ」は、ちょうど名古屋と飯田の中間地点にあるので利用者が多く、いつ行っても駐車場は満車である。駐車場の一部に、オートバイ専用部分が広くある。153号線は、バイクによるツーリングにも人気があるのであろう。自転車によるサイクリングもよく走っている。
 どんぐりの湯の少し手前に、旧道との別れ道がある。旧道を進むと稲武の市街地へ入っていく。今の道は、混雑を避けるために造られたバイパスである。旧道の脇に、さらに古くて細い道がある。この道がかつての「飯田街道」であり、そこに老朽化したアーチ橋「真弓橋」が架かっている。

真弓橋マップ

 ご紹介するこのシリーズは、全て「RC開腹アーチ橋」である。大正中期、同じ設計者によるものと思われる。真弓橋は大正8年の開通、橋長20m、幅員4mである。かつてはここを路線バスが走っていたという。現在は、最寄りの住民が手を加えて、人だけが通行可能になっている。
 川の下流から眺めると、“昔橋”の上に旧道の橋が見え(写真で車が走行)、さらに上流に現在の橋が見える。右上の写真は、江戸時代からの中馬街道である。この地点では4本の新旧道路を見ることができる。「道路」こそ、世帯交代しながらも人に使い続けられる「生活文化」だと感じた。

季節通信141稲刈り


①郡界橋

 名古屋から飯田へは、高速道路を使うより国道153号を走る方が好きだ。時間は1時間ほど余分にかかるが、何と言っても景色が良い。春の花はウメから始まってサクラ類、フジ、アジサイに至るまで多様で多彩である。夏の濃い緑、秋の紅葉も素晴らしいし適度なカーブもドライブの楽しみである。
 伊勢神トンネルを抜けると、急なカーブに差し掛かかり橋を渡る。上流側に気になる橋が見える。いつも車を止めて見てみたいとは思いながら、一度も果たしたことがない。今回は、橋の取材なので初めて実現した。

郡界橋G

 旧の「郡界橋」、古びたコンクリートは苔むして路面には雑草が生い茂っている。もちろん使用禁止の通行止めである。東海地方最古のコンクリート開腹アーチ橋。大正6年(1917)の開通で、新城の「黄楊橋」(1919)よりも古い。≪2014・9・24「新城の黄楊橋」参照)
 橋長約25m、幅員約4mである。北設楽郡・稲武町と東加茂郡・足助町の境を流れる段戸川に架かるので「郡界橋」と名付けられたのであろう。今は合併により、両町とも豊田市に属す。郡界橋から下流側を見ると、建設中の新トンネルに繋がる新橋が見える。

季節通信133栗きんとん

稲武の古い4橋めぐり

 豊田市は、近代文化遺産に指定されている古い4つの橋の修繕検討に着手したという。4つの橋は、国道153号線沿い、伊勢神トンネルを越えた辺りから長野県との県境辺りまでの間に点在している。
 このような橋や、それを大切に考えて修繕するということは、まさに「土木文化」だと考えられるので、早速、取材することとした。次回から4回にわたって報告します。

① 郡界橋≪小田川町川入≫・・・伊勢神トンネルを出て、最初の急カーブの右側
② 真弓橋≪御所貝津町屋沼≫・・・道の駅「どんぐりの湯」の手前を旧道に入ったところ
③ ウルシゼ橋≪川手町ウルシゼ≫・・・稲武の交差点を恵那の方へ曲がった先
④ 前橋≪大野瀬町日カゲ≫・・・長野県との県境の大野瀬トンネルの手前

稲武橋マップ

 153号線、いわゆる飯田街道(三州街道)は、名古屋と飯田を結ぶ道。海辺から山地へ塩を運ぶので「塩の道」とも呼ばれている。江戸時代の街道から、明治・大正の近代化、さらに拡幅整備が重ねられてきた。伊勢神トンネルを例にすれば、①峠の杣道 ②伊世賀美隧道 ③伊勢神トンネル ④そして現在新しいトンネルの整備をしている。4つの橋についても「昔」「旧」「新」の3本を見ることができる。 【2018・11・10「伊世賀美隧道と伊勢神トンネル」参照】

稲武橋G
   ◆写真は、≪伊勢神峠の中馬街道≫≪伊世賀美隧道≫≪新しいトンネルにつなぐ橋≫◆

奥矢作の揚水発電所

 伊勢神トンネルを出て、どんぐりの湯へ行くまでの間に気になる工作物があった。コンクリ―トの円筒形の太い柱である。「揚水発電所」ということは知っていたが、どんな仕組みになっているのか分からなかった。今回、4つの橋の取材の “ついで” に立ち寄って、写真を撮った。
 すると6日後の今日(10月12日)、なんと中日新聞に「奥矢作水力発電所」~~揚水発電・再エネ普及に一役~~という記事が載ったではないか!!この記事を読んだり、資料を調べた結果、仕組みが分かったのでご紹介します。

揚水発電所マップ

 揚水発電所とは、高低差のある2つの貯水池の間に発電機を設置して、上からの水流で発電するとともに、夜間の余剰電力で水車を逆回転させて水を汲み上げる装置である。最近は太陽光などの自然エネルギーで発電した電力を使うように変化してきた。一種の「蓄電池」の役割である。
 平面図と断面模式図を見ていただこう。黒田川にダムを造って「黒田貯水池」とする。途中に「富永調整池」を設けて二段式の揚水とする。最終の貯水池は矢作川をせき止めた「奥矢作湖(矢作貯水池)」である。その間に「第一」と「第二」の発電所が設置されている。国道153号沿いにある円柱は「第一発電所」であった。
   ◆◆4つの橋は、10月15日から掲載します◆◆

海外の盆栽ブーム

 盆栽は、小さな陶器などの鉢に樹木を植え、古木や大木などの姿に整えて楽しむ園芸である。大自然を身近に置くという日本独特の文化であるが、近年海外でも大人気であるという。盆栽や常滑焼などの植木鉢を買い付けに来る、海外からの趣味家や園芸店も年々増えている。
 ロンドン郊外で毎年開催される「ハンプトンコート・フラワーショー」でも、盆栽の展示・販売コーナーがあった。完成品の大きな鉢植えも飾られていたが、「初心者用」として安価で売られている苗木もあった。1本2ユーロ、3本では5ユーロと値札が付いていた。

盆愛ブームH

 ハンガリーでは、趣味が嵩じて販売までするようになった知人を訪ねた。入り口に大きな看板があり、「BONSAI」と記してある。日本語がそのままローマ字になっている。中に入ると日本庭園の中に、日陰棚や栽培棚が設えてあった。
 日本と同じようにマツやブナ(西洋ブナ?)、カエデ類などが並んでいる。常滑焼の朱泥鉢や火山岩(軽石)が使われていた。枝振りを矯正するために、針金を捲くのも日本と同じである。自然を愛する精神は、万国共通だと感じた。

盆栽ブームG

季節通信128

諏訪湖畔の間欠泉

 諏訪湖は面白い地形である。周辺の山々から何本もの川となって水が集まり、1本の天竜川から下流へ流れていく。フォッサマグナの西辺・糸魚川静岡構造線と中央構造線(2020・8・9大鹿村参照)の交差部分でもある。諏訪湖が全面的に凍るとその一部がせり上がって1本の筋が現れる。
 この珍しい現象は「御神渡り(おみわたり)」と呼ばれ、諏訪大社の「男神(上社)」と「女神(下社)」を結ぶ道だと言われている。この筋道の方向やせり上がりの具合などを見て、その年の豊作や世相を占う神事が行われるという。

諏訪湖間欠泉マップ

 諏訪湖遊覧船の船着き場を過ぎたところに「間欠泉センター」があり、その前庭で熱湯と水蒸気が吹き上がる。昭和58年に温泉の掘削を行ったところ、間欠泉が噴出したという。当初は高さ50mまで吹き上がり世界第2位とうたわれたが、今は5mほどに留まっている。
 間欠泉のメカニズムは諸説あるが、空洞説がもっともらしい。地下に空洞があり、地熱によって加熱されて水蒸気圧が高まると噴出が始まる。一旦噴出すると気圧が下がって停止し、また上昇すると吹き出すのである。
 湖を周遊するランニング道・自転車道・車道の3本が並行して走っている。レンタサイクルで走ったが、水平な道なので楽々走ることができた。

季節通信134コシアブラ


神社の注連縄(しめなわ)

 ここに4つの神社の写真を並べてみた。大神神社(三輪山)・出雲大社・諏訪大社(下社・秋宮)そして伊勢神宮(外宮)である。並べた理由は、「注連縄(しめなわ)」について考えてみたいからである。3つの神社には注連縄があるが、伊勢神宮だけには架けられていない。
 古事記の国譲りの項で、高天原の天照大御神は「豊芦原は我が御子が知らす国ぞ」と仰せられた。そして、地上への使者として建御雷神が遣わされた。それまで地上を治め国づくりに励んできた大国主神は、息子の事代主神に相談すると「天津神の御子に譲りましょう」と答えた。
 弟の建御名方神は納得せず、建御雷神に力比べを挑んだ。しかし、軽々と投げ飛ばされて信濃の国まで追いつめられた。弟神は諏訪から出ないことを約束して許され、後に「諏訪大社」に祀られることとなる。大国主命は国譲りの見返りに見事な神社を造ってもらうことになった。「出雲大社」である。

神社の注連縄

 大国主命が国造りに苦心しているとき、海を照らす神が「吾を倭の青垣の東の山の上に祀れ」と告げた。こうして祀られたのが「三輪山の大物主大神」である。この3つの神社は、いずれも国津神・大国主命と縁がある。一方、伊勢神宮は天津神・天照大神を祀っている。この違いが、注連縄の有る無しにかかわるのだろうか?
 「注連縄」は、神域と現世を隔てる結界の役目を果たす。古事記では、天岩戸から出た天照大神が二度と岩戸に戻れないように注連縄を張ったという。神社などの神域を囲む注連縄は、‟入ってはいけない”でなく、‟国津神はそこから出てはいけない”という境界を示しているのかも知れない。神々は10月(神無月=出雲では神有月)だけ許されて出雲に集るのである。(私の勝手な推論です)

季節通信129オミナエシ
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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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