Entries
旧天守閣の礎石
“尾張名古屋は城でもつ” と永く謳われるように、名古屋城天守閣はまさに名古屋のシンボルである。しかし、現在見られる天守閣は、昭和34年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、もともとの天守閣は戦災で焼けてしまった。昭和20年5月14日の名古屋大空襲は、名古屋の街を焼き、国宝の天守閣も本丸御殿も焼き尽くしてしまったのである。

天守閣の北に、大きな石が碁石のように並べられている。これは旧天守閣の礎石で、巨大な建築を支えるために地階の地盤上に置かれていたものである。焼け跡に残されていたが、天守閣再建に当たってこの地に移された。天守閣と本丸御殿が残っていれば、姫路城と二条城に匹敵する存在であり、世界遺産に登録されること間違いなしであろうと思うと、つくづく残念である。


天守閣の北に、大きな石が碁石のように並べられている。これは旧天守閣の礎石で、巨大な建築を支えるために地階の地盤上に置かれていたものである。焼け跡に残されていたが、天守閣再建に当たってこの地に移された。天守閣と本丸御殿が残っていれば、姫路城と二条城に匹敵する存在であり、世界遺産に登録されること間違いなしであろうと思うと、つくづく残念である。

- 関連記事
-
- 長篠城の土塁跡 (2014/09/28)
- 旧天守閣の礎石 (2014/06/16)
- 能登西海岸 滝ノ澗の石積み (2013/11/15)
コメント
コメントの投稿
トラックバック
- トラックバック URL
- http://chubu-fukken.com/tb.php/120-b7b17711
- この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)