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名古屋市水道取水口
名古屋の水道事業は、明治時代後半から企画されている。明治27年 (1894) に、入鹿池を水源とする案が議論されたが見送りとなった。明治39年ごろから計画された木曽川導水は、同43年着工、大正3年に完成した。最初にできた取水口は犬山城の直下、今も記念碑と手掘りのトンネルが残っている。現在使われているのは、それより上流の第2取水口 (昭和8年完成) とさらに上流の第1取水口 (昭和32年) である。写真は犬山橋より600mほど上った第2取水口である。
ここから名古屋市までは約20km、その導水路の上部は愛知県の管理する公園となっている。「尾張広域緑道」 と呼ぶ。桜などの花やみどりを楽しむ散歩道になっていて、途中にはスポーツ公園も整っている。昭和天皇御在位60周年を記念して整備された。

上の写真は、鵜飼の観覧舟から撮影した。犬山城からこの取水口にかけての水面で、木曽川鵜飼が行われている。鵜飼は、鵜舟に乗った鵜匠が鵜を使って川魚を捕る古代漁法で、1300年もの伝統を伝えているという。船首にはかがり火が焚かれ、とも乗り・なか乗りと3人で舟と鵜を巧みに操る。見物客は鵜舟と並走しながら、幻想的な歴史絵巻を楽しむという趣向である。

ここから名古屋市までは約20km、その導水路の上部は愛知県の管理する公園となっている。「尾張広域緑道」 と呼ぶ。桜などの花やみどりを楽しむ散歩道になっていて、途中にはスポーツ公園も整っている。昭和天皇御在位60周年を記念して整備された。

上の写真は、鵜飼の観覧舟から撮影した。犬山城からこの取水口にかけての水面で、木曽川鵜飼が行われている。鵜飼は、鵜舟に乗った鵜匠が鵜を使って川魚を捕る古代漁法で、1300年もの伝統を伝えているという。船首にはかがり火が焚かれ、とも乗り・なか乗りと3人で舟と鵜を巧みに操る。見物客は鵜舟と並走しながら、幻想的な歴史絵巻を楽しむという趣向である。

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