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輪中(わじゅう)の農家
愛知・岐阜・三重の境に位置する木曽三川公園・センター地区に再現された農家である。明治の中ごろまで生活していた、比較的裕福な家である。
木曽・長良・揖斐の三川が集まるこの地域は、昔から毎年のように洪水が起きていた。人々は集落の周りに堤防 (輪中堤という) を築いて災害を防いだが、それでもしばしば堤防が切れたので、屋敷の一部に高い石垣をつくり、その上に 「水屋」 を建てて災害時に備えた。

母屋の軒先には、木製の舟を乗せていた。「上げ舟」 という。水かさが増してくると舟を下ろして庭先のカキの木 (舟つなぎ柿) に繋いで準備をし、家財道具を乗せて堤防まで運搬するのである。家財道具は二階にも運び上げるのだが、重量のある仏壇は簡単には持ち上げることができないので、天井を外して滑車とロープで二階まで引き上げる装置をつくった。「上げ仏壇」 という。
現在は3河川とも、頑丈な堤防ができたので、このような農家はなくなってしまった。このモデル農家は、「宝暦の治水」 や 「薩摩義士」 に感動した多くの人たちの寄付により再現したものである。

木曽・長良・揖斐の三川が集まるこの地域は、昔から毎年のように洪水が起きていた。人々は集落の周りに堤防 (輪中堤という) を築いて災害を防いだが、それでもしばしば堤防が切れたので、屋敷の一部に高い石垣をつくり、その上に 「水屋」 を建てて災害時に備えた。

母屋の軒先には、木製の舟を乗せていた。「上げ舟」 という。水かさが増してくると舟を下ろして庭先のカキの木 (舟つなぎ柿) に繋いで準備をし、家財道具を乗せて堤防まで運搬するのである。家財道具は二階にも運び上げるのだが、重量のある仏壇は簡単には持ち上げることができないので、天井を外して滑車とロープで二階まで引き上げる装置をつくった。「上げ仏壇」 という。
現在は3河川とも、頑丈な堤防ができたので、このような農家はなくなってしまった。このモデル農家は、「宝暦の治水」 や 「薩摩義士」 に感動した多くの人たちの寄付により再現したものである。

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