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武豊停車場と転車台

 武豊線終点の武豊駅からさらに1kmほど南へ行くと「武豊停車場の跡地」がある。ここには、車両の方向を変えるための「転車台」が残されている。
 明治5年(1872)、新橋―横浜間に我が国初の鉄道が敷かれる。その後、東京―大阪間の鉄道が計画されたため、武豊は鉄道建設資材の輸入基地となったのである。武豊線は武豊港に陸揚げされた資材を熱田駅まで運ぶ目的で明治19年(1886)3月に開通した。
 大阪までの路線は、当初中仙道経由で計画されたが、同年7月に東海道経由に変更された。もしこの変更がなければ、名古屋の発展は大きく疎外されていたに違いない。

武豊A

 転車台は、当初は木製で蒸気機関車の向きを前後に変える方式であった。しかし、昭和2年に建造されたものは、切り離された貨車を別の線路へ転送するため、直角に方向転換できる「直角二線式」というたいへんに珍しい形式になっている。昭和40年に廃止となったが、平成11年に、小学生の歴史探訪で発見され、修復保存されることとなった。

武豊B

 直交する線路の下には円形のレールがあり、小さな車輪がついている。車両は人の手で押して回転させるのである。サンフランシスコには有名なケーブルカーが走っているが、その終点には転車台があり、運転手と車掌が前後を手で押して回転している。

武豊マップ



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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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