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衣浦大橋

 かつて知多半島と三河を結ぶルートは、刈谷まで迂回するか亀崎―高浜間の渡し船によるしかなかった。昭和31年(1956)、人々が“夢の架け橋”と呼んで、長い間待ち焦がれていた橋梁が開通した。「衣浦大橋」である。
 全長650m、当時は海に架かる橋としては日本一と謳われていた。橋の形式はトラス橋であるが、橋の中央で様式が変わるのが特徴である。亀崎側は波型、高浜側は台形である。現在、亀崎側の5径間は残っているが、高浜側は埋立てにより1径間しか残っていない。

衣浦大橋A

 開通当時は有料道路であったが、今は無料である。また、1車線の対面通行であったが、昭和53年に南側に新橋ができて、東方面の一方通行になった。現在、塗装工事の真っ最中である。
 衣浦大橋の500mほど南の海岸沿いに、石造りの常夜灯が一基佇んでいる。これは、かつての渡し船の港、「亀崎渡船場跡」である。対岸の「森前の渡し」まで約10町(約1,100m)を船で行き来していた。大橋の開通とともに、この渡し船は廃止となった。
 衣浦大橋B

 絢爛豪華な彫刻と緞帳で有名な「亀崎潮干祭り」の山車は、この常夜灯の横を通って海岸へ引き下ろされる。毎年5月3日・4日に開催されるこのお祭りは、平成18年に国の重要無形民俗文化財に指定された。

衣浦大橋マップ


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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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