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浜松城の井戸

 左の写真は、天守閣のすぐ下にある井戸である。説明板によれば “天守曲輪に1つ” とあるので、これがその井戸であろう。「銀明水」 と名付けられていた。
 天守閣の 「穴蔵」 と呼ばれる地階にも井戸があった。戦の時に籠城になることも想定されるため、最後の拠点としての飲み水確保が必要であったのだろう。構造は井戸の周りに石を積んで崩れないようにする 「石組井戸」 である。昭和33年の再建時に調査され、右の写真のように整備された。

浜松城井戸A

 このほかに、本丸に1つ、二の丸に3つ、作左曲輪に4つ、合計10か所の井戸があったという。安政元年 (1854) の大地震の後に描かれた 「安政元年浜松城絵図」 (浜松史蹟調査顕彰会蔵) を見ると、本丸の中ほどに “丸に井の字” を書いた印があり、曲輪には “清水場” との記述を2か所見つけることができる。

浜松城井戸B
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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