FC2ブログ

Entries

天竜川の舟橋跡

 江戸時代には江戸防衛のため、天竜川には橋が架けられておらず、東海道の往来は上流にある 「池田の渡し」 での渡舟によっていた。明治元年 (1868) の天皇御東幸の際には、小舟を並べ、その上に板を敷いた 「舟橋」 が架けられた。六所神社のすぐ南、現在水位計測所のあるところである。

天竜橋マップ

 その後、明治7年には、本流の舟橋と州に架けられた木橋からなる最初の橋が完成し、街道の往来は格段に便利になった。しかし、舟橋は洪水によって度々流されたので、明治9年に完全な木橋 「天竜橋」 に架け替えられた(下の写真・「中野町を考える会」による説明板より)。現地には、「舟橋跡」 と 「天竜川木橋跡」 と記された2本の木柱が立てられている。この木橋は、昭和8年に現在の鉄橋 「天竜川橋」 ができるまで使用されていた。

天竜橋A
関連記事

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://chubu-fukken.com/tb.php/232-885f90e2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
▲ページトップ

Appendix

カレンダー

08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

コンパクト月別アーカイブ

最新記事

         

建設・補償コンサルタント

ランキングに参加しています!

プロフィール

FC2USER480348EQK

Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック

        

検索フォーム

QRコード

QR
▲ページトップ