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清見寺庭園と五百羅漢

 清見寺本堂の北側、急峻な山地との間に池と砂利とで構成された明るい庭園がある。江戸時代初期に築庭され、中期にさらに手が加えられたと伝えられている。家康は殊の外この庭を愛し、駿府城より虎石・亀石・牛石を移してこの庭に配したという。
 池は、ひょうたんの形をしており、真中に石橋が架けられている。前面の砂利敷きは 「銀砂灘」 と称して、月明かりを楽しんだものと思われる。現在、国の名勝に指定されている。

清見寺G

 本堂の横手の斜面に、五百羅漢の石像が並んでいる。五百羅漢尊者は釈迦如来の弟子で、仏典の編集護持に功績のあった方々である。この石像群は江戸中期の天明年間に彫造されたもので、作者は明らかでないが、稀に見る傑作だと賞せられている。
 島崎藤村は、『桜の実の熟す時』 という小説の最後の場面で、この石像のことを語っている。要約して再現すると “興津の清見寺の、本堂の横に苔の蒸した石像があった。・・・誰かしら知った人に逢えるというその相貌を見て行くと、あそこに青木がいた、市川がいたと数えることができた。・・・”
実際、一体一体を見ていくと、それぞれが異なる顔付や表情であり、どこかで見たような顔ばかりが並んでいる。

清見寺H
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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