Entries
椙山女学園の五輪記念樹
この夏のリオデジャネイロ五輪で、金藤理絵選手が女子200m平泳ぎの金メダルを獲得した。今から80年前・昭和11年 (1936) のベルリン五輪でも、同じ200m平泳ぎで優勝した選手がいる。“前畑、頑張れ!” のラジオ放送でも有名な前畑秀子選手である。
前畑選手は、名古屋市の椙山女子専門学校に在籍していた。この学校は、明治38年 (1905) 名古屋裁縫女学校として創立し、戦後に中学校・高等学校・大学を続けて開校した名門校である。

このオリンピック大会では、優勝者に金メダルとともにカシワ (正確にはヨーロッパナラ) の苗木が贈られた。これは、血の出るような猛練習を繰り返し、ついにゴールドメダリストになった人々を、嵐に倒れても倒れても芽を吹きなおして大木に成長するカシワの木になぞらえたものである。
前畑選手は、この記念の苗木を母校の椙山女学園 (千種区山添町) に植栽した。当初のものは枯れてしまったが、現在は2代目が正門近くに育っている。その近くには前畑選手と、やはりオリンピックで活躍した同郷 (和歌山県橋本市) の小島一枝選手とが並んだ胸像が立っている。

前畑選手は、名古屋市の椙山女子専門学校に在籍していた。この学校は、明治38年 (1905) 名古屋裁縫女学校として創立し、戦後に中学校・高等学校・大学を続けて開校した名門校である。

このオリンピック大会では、優勝者に金メダルとともにカシワ (正確にはヨーロッパナラ) の苗木が贈られた。これは、血の出るような猛練習を繰り返し、ついにゴールドメダリストになった人々を、嵐に倒れても倒れても芽を吹きなおして大木に成長するカシワの木になぞらえたものである。
前畑選手は、この記念の苗木を母校の椙山女学園 (千種区山添町) に植栽した。当初のものは枯れてしまったが、現在は2代目が正門近くに育っている。その近くには前畑選手と、やはりオリンピックで活躍した同郷 (和歌山県橋本市) の小島一枝選手とが並んだ胸像が立っている。

- 関連記事
-
- 太田宿のヤドリギ (2017/01/26)
- 椙山女学園の五輪記念樹 (2016/09/18)
- 三嶋大社のキンモクセイ (2016/09/07)
コメント
コメントの投稿
トラックバック
- トラックバック URL
- http://chubu-fukken.com/tb.php/311-4b60767d
- この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)