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飯田市塚原古墳群

 対岸に南アルプスとその手前の伊那山脈を望む、天竜川右岸の河岸段丘に16基の古墳が築かれていた。塚原古墳群という。地名の塚原は、古くから「墓」すなわち「塚」の存在が知られていて、塚のたくさんある「原」であることを示している。
 下の写真は、その中心の「塚原二子塚古墳」で、長さ76mの前方後円墳である。この他に、「鏡塚」や「鎧塚」 など5基の古墳が残されている。そのうちの3基は、長さ50mほどの 「帆立貝型古墳」 という特殊な平面形をしている。

塚原古墳A

 地元の小学校に保管されている馬具などの出土品からみると、造られた年代は、5世紀後半から6世紀の前半ではないかと思われている。この時代、この地の豪族は、馬の生産を通じて中央の政権と深く関わっていたようである。日本全体で見ると、このような狭い山間部に、これほどの古墳文化が花開いていたことは、特異な存在であったと考えられている。
 ソバなどの花が咲く畑の中に、綺麗に草刈された “二子山” があった。周辺には標識やマップの付いた説明版があり、塚の裾にはサルビアの花も植えられていた。

塚原古墳マップ
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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