FC2ブログ

Entries

石薬師寺と一里塚

 四日市宿と亀山宿の間は距離が長すぎるため、少し遅れて元和2年 (1616) に 「石薬師宿」 が幕府の命令により設置された。当時から石薬師寺の名は近郊近在に知れ渡っていたので、村名も宿名も 「石薬師」 と名付けられたという。
 石薬師寺の開山は古く、遠く奈良時代の神亀3年 (726) である。ご本尊の薬師如来像は、弘法大師が土中から現れた霊石に1日で刻み込んだものと伝えられ、厄除け信仰を集めている。平安時代後期の弘仁3年 (812) のことである。平素は秘仏であるが、12月20日の 「おすす払い」 には洗い清められる。

石薬師寺B

 石薬師宿の西の外れに一里塚がある。塚状の土盛りはないが、川のほとりにエノキの大木が残っている。根元に石碑と石灯籠が建てられていた。この地には古来、西行法師、一休禅師、林羅山、松尾芭蕉など多くの人々が立ち寄り、仏徳を賛嘆し景色を賞嘆している。
 近くに佐佐木信綱博士の生誕地があり、現在そこに資料館が建てられている。博士は明治・大正・昭和の長きにわたり、歌人としてまた歌学者として万葉集研究の最高峰を極めた。“蝉時雨 石薬師寺は 広重の 画に見るがごと みどり深しも” の句を残している。

石薬師寺マップ
関連記事

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://chubu-fukken.com/tb.php/359-3e846cc2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
▲ページトップ

Appendix

カレンダー

07 | 2018/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

コンパクト月別アーカイブ

最新記事

         

建設・補償コンサルタント

ランキングに参加しています!

プロフィール

FC2USER480348EQK

Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック

        

検索フォーム

QRコード

QR
▲ページトップ