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井伊谷の墓所

 龍潭寺に接して宗良 (むねなが) 親王を祀る 「井伊谷宮」 があり、社殿の奥に陵墓が築かれている。宗良親王は後醍醐天皇の皇子で、南北朝時代 (1332~1391) に、南朝・吉野朝方の将軍として各地を転戦した。元中2年 (1385) にこの地で亡くなられたが、神社ができたのは明治5年のことである。社殿の前にシイノキの大木が聳えている (写真上左)。
 先週日曜日のNHKでは、「おんな城主直虎」 の最終回が放映された。柴咲コウ演ずる直虎はとうとう没することになるが、後を継いだ直政は徳川の家臣として功を上げ、徳川時代260年に亘って幕府の屋台骨を支える名家となった。龍潭寺の境内には、井伊家初代の共保から直虎、直政、幕末の大老・直弼に至るまで、歴代の祖霊を祀る墓所がある (写真上右)。

井伊の墓G

 龍潭寺から井伊谷城へ行く途中に、2つの歴史を物語るお墓がある。ひとつは 「井殿の塚」 と呼ばれる井伊直満と弟・直義の供養塔である。二人は家老の讒言により謀反の疑いをかけられ、今川義元により殺害された。供養塔は、タブノキの大木の根元に、ひっそりと佇んでいる。
 他のひとつは、その家老の息子・小野但馬守政次終焉の地である。政次は、直虎の幼馴染であるが、今川との間に挟まれて葛藤する。ドラマでは、高橋一生がこの複雑な役柄を好演して人気を博した。終焉の地に墓石はなく、ただ白くて大きな石がその標だという。
 「井伊谷宮」 のシイノキといい、「井殿の塚」 のタブノキといい、どちらも暖地に成育する樹木である。周辺の山の植生を遠くから眺めても照葉樹林であることが分かり、この地の暖かさを知ることができる。

井伊の墓マップ

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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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