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チェスキー・クルムロフ その1
土岐川の大きな蛇行を地図に描いていて、前にもどこかで同じような地形の町へ行ったことを思い出した。東欧チェコの 「チェスキー・クルムロフ」 歴史地区である。オーストリアとの国境に近い南ボヘミア州の小さな町で、「世界一うつくしい町」 のひとつと謳われている。近年、観光地としても知られるようになり、日本からの訪問者も増えているという。
町の形は下左の図 (現地の案内看板を撮影した) のように、北に流れる 「モルドウ川」 がほとんど短絡するかと思われるほどに蛇行し、その半島状の高台にお城が建てられている。この町と城は、1300年代にボヘミアの有力貴族の所有となり、水運を使った手工業の交易が盛んに行なわれて繁栄した。16世紀には、ルネサンス様式の建物が数多く建てられて今も残っている。一時期荒廃したこともあるが、1960年代の 「プラハの春」 以降徐々に修復され、1992年に世界遺産に登録されるに至った。

上右の写真は、町並みから見上げたお城の塔である。切り立った岩山の上に建っていて、市内のどの通りからも見ることができる。下左は、城郭の高台から川を挟んだ南側を見た写真である。美しい赤瓦に統一された家々の中心に、黒くて高い屋根と尖塔をもつ教会が見えている。
下右は、川の流れをコントロールするための落差工である。モルドウ川は、オーストリアに端を発し、ボヘミア盆地の水を集めて北に向かい、プラハを越えてドイツにまで流れるチェコ最長の川である。このあたりは、まだ上流で森の中を流れているため、水は透明で美しい。因みにチェスキーとは 「ボヘミアの」 の意で、クルムロフは 「川の湾曲部」 という意味である。

町の形は下左の図 (現地の案内看板を撮影した) のように、北に流れる 「モルドウ川」 がほとんど短絡するかと思われるほどに蛇行し、その半島状の高台にお城が建てられている。この町と城は、1300年代にボヘミアの有力貴族の所有となり、水運を使った手工業の交易が盛んに行なわれて繁栄した。16世紀には、ルネサンス様式の建物が数多く建てられて今も残っている。一時期荒廃したこともあるが、1960年代の 「プラハの春」 以降徐々に修復され、1992年に世界遺産に登録されるに至った。

上右の写真は、町並みから見上げたお城の塔である。切り立った岩山の上に建っていて、市内のどの通りからも見ることができる。下左は、城郭の高台から川を挟んだ南側を見た写真である。美しい赤瓦に統一された家々の中心に、黒くて高い屋根と尖塔をもつ教会が見えている。
下右は、川の流れをコントロールするための落差工である。モルドウ川は、オーストリアに端を発し、ボヘミア盆地の水を集めて北に向かい、プラハを越えてドイツにまで流れるチェコ最長の川である。このあたりは、まだ上流で森の中を流れているため、水は透明で美しい。因みにチェスキーとは 「ボヘミアの」 の意で、クルムロフは 「川の湾曲部」 という意味である。

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