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三条通りの近代建築
烏丸御池から三条大橋までも、楽しい街歩きだった。昔ながらの道は幅も狭く、車の往来も少ないので、右へ行ったり左に寄ったり自由に写真を撮ることができる。まず目に入ったのは明治か大正を思わせる近代建築、赤い煉瓦造りの建物が何ともエキゾチックである。
京都といえば、1200年の歴史を感じさせる寺社建造物などを思い浮かべるが、明治以降の近代建築にも優れたものが残っている。名古屋城の天守閣や本丸御殿、都心部の近代建築などが、昭和20年の空襲により焼失してしまったことと思い合わせると、京都が守られたことに羨ましさを感じてしまう。

上の写真は 「京都文化博物館・別館」 である。この建物は、明治39年 (1906) に建てられたもので、当初は 「日本銀行京都支店」 であった。昭和43年からは私立の 「平安博物館」 として使われてきたが、昭和63年に京都府に寄贈され、今は 「京都府京都文化博物館」 として利用されている。設計者は、東京駅などを設計した明治時代を代表する建築家・辰野金吾である。
下の写真は 「中京 (なかぎょう) 郵便局」で ある。建物のエッジの部分や窓枠などを白い御影石で積上げ、壁の部分に赤い煉瓦が積んである。設計は逓信省によるものである。明治35年 (1902) に竣工したルネサンス様式であるが、昭和49年に外壁だけを残して内部は新しい建物に造り変えられている。このような保存方法を 「ファサード保存」 というが、この中京郵便局が日本で初めての試みという。

◆今年の夏至は、3日前の6月21日でした。今日は夏至に因んだ話題です。

京都といえば、1200年の歴史を感じさせる寺社建造物などを思い浮かべるが、明治以降の近代建築にも優れたものが残っている。名古屋城の天守閣や本丸御殿、都心部の近代建築などが、昭和20年の空襲により焼失してしまったことと思い合わせると、京都が守られたことに羨ましさを感じてしまう。

上の写真は 「京都文化博物館・別館」 である。この建物は、明治39年 (1906) に建てられたもので、当初は 「日本銀行京都支店」 であった。昭和43年からは私立の 「平安博物館」 として使われてきたが、昭和63年に京都府に寄贈され、今は 「京都府京都文化博物館」 として利用されている。設計者は、東京駅などを設計した明治時代を代表する建築家・辰野金吾である。
下の写真は 「中京 (なかぎょう) 郵便局」で ある。建物のエッジの部分や窓枠などを白い御影石で積上げ、壁の部分に赤い煉瓦が積んである。設計は逓信省によるものである。明治35年 (1902) に竣工したルネサンス様式であるが、昭和49年に外壁だけを残して内部は新しい建物に造り変えられている。このような保存方法を 「ファサード保存」 というが、この中京郵便局が日本で初めての試みという。

◆今年の夏至は、3日前の6月21日でした。今日は夏至に因んだ話題です。

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