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横浜の三渓園

 横浜市の中心から少し南へ行った本牧地区に、広大な日本庭園がある。「三渓園」 という。この庭園は、明治から大正にかけて製糸・生糸貿易で財を成した原富太郎 (号を三渓という) が造り上げ、明治39年 (1906) に公開したものである。
 もともとは、東京湾に面した “三之谷” と呼ばれる谷あい5万3000坪 (約17.5ha) の敷地に、池や芝生、園路や橋を配し、京都や鎌倉などから集められた17棟の歴史的建造物を建設した。周辺の小高い山や自然の樹林と調和した、見事な景観を見どころとしている。

三渓園G

 上左の写真は 「臨春閣」、紀州徳川家初代藩主が紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘建築である。桧皮葺の屋根の内部には、狩野派の絵師による襖絵などがある (複製・・・本物は三渓記念館で保存)。園路の飛石や沓脱石、石橋などには巨大な石が使用されている。
 ひときわ高い山の上に立つのは 「旧燈明寺 (とうみょうじ) 三重塔」、京都・木津川沿いの廃寺から移築した。三渓が岐阜県出身である縁から、白川郷でダム工事により沈むこととなった合掌造りの家 「旧矢箆原 (やのはら) 家住宅」 もこの地に移っている。
 三渓は、芸術家や文学者など文化人と広く交流したことでも知られている。この庭園は、美術・文学・茶の湯など近代日本文化の一端を育んだ場所でもある。平成19年に国の名勝に指定されている。

三渓園H


季節通信27葛
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:「園長さんのガーデンライフ」
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