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松平東照宮と家康産湯の井戸

 豊田の市街地を過ぎ、東に向かって国道301号を走ると矢作川を渡る。左に豊田スタジアムを見ながらさらに進み、東海環状自動車道の高架をくぐると巴川に至る。次第に山が深くなるところに小集落があり、松平郷と呼ぶ。
 戦後になって豊田市に編入されるが、明治初めは松平村と名付けられていた。松平は徳川の元の名、ここは松平家・徳川家発祥の地である。松平家初代の親氏がこの地に居を構え、氏神として若宮八幡宮を勧誘したのが始まりで、二代将軍秀忠の時代に神君家康を合祀して「東照宮」となった。

松平マップ

 東照宮の周りには、松平氏の居館であった当時からの深い堀が築かれている。後背地は深い山地で、防御の固い館だったと思われる。南面の山を登ったところに松平城の跡がある。北東角の山裾には、こんこんと清水の湧く井戸がある。武家屋敷には必須の水であったのであろう。
 天文11年(1542)12月に、家康が岡崎城で生まれた。そのとき、この井戸から水を汲んで竹筒に入れ、岡崎まで早馬で運んで産湯に使ったという伝承が残っている。「家康産湯の井戸」は石柱の柵に囲まれており、立派な門と社により祀られていた。

松平G


季節通信43フタバアオイ
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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