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諏訪原城跡

 南アルプスは、南へ行くに従って標高を下げ、先端は御前崎となって遠州灘に突き刺さる。東海道は、御前崎まで出っ張っている山地を乗り越えなければならない。牧の原台地から大井川下流の三角州平野ヘは、急な坂道を下っていく。先回の金谷坂の石畳は、まさに急な坂道だった。
 金谷坂を登りきったところに「諏訪原城跡」がある。標高220mほどに立地するこの城は、島田の平野と東からの東海道を見張る絶好の位置にある。甲斐の国から、南の駿河を望む武田信玄が砦を築き、天正元年(1573)に勝頼が家臣に命じて築城した。

諏訪原城マップ

 “つづら折れ”となって下る県道381号の南に、雑木林と竹藪があって“城跡”の案内看板が立っている。看板がなければそれと気付かないような、ただの森である。しかし道標や説明板に沿って歩くと、次第に城郭の姿が解ってくる。自然地形によって守られた「後ろ堅固な城」なのである。
 徳川家康に攻め落とされた後、牧野城と改名されて使用されたが、平和な時代となって廃城となった。しかし現在も三日月堀や外堀・内堀、馬出などの地形が明確に残っている。
 近年、“城”というと歴史的な検証もせずに、観光的な“天守閣”風な建物を建てる例が多いけれど、地味かもしれないがこのような史跡の方が好ましく思われる。

諏訪原城G
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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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