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文化のみち「撞木館」

 江戸時代、名古屋城の東には武家屋敷が並んでいた。お城に近いほど上級の武士が、離れるほどに下級の武士が屋敷を構えていたという。国道41号東の撞木町あたりは中級の武士が住んでいたところである。「撞木館」は、大正から昭和にかけて活躍していた陶磁器商が建てた邸宅である。
 名古屋に、輸出向けの陶磁器絵付け業が芽生えたのは明治10年以降である。主として九谷方面から画工を集めて上絵付加工を行い、神戸・横浜の外国商館と本格的な取引を始めたのである。明治20年代になると、瀬戸・多治見にも通じる街道や船積みする堀川にも近い東区一帯が、陶磁器産業の一大集積地になった。

撞木館G

 撞木館は、約600坪の武家屋敷の敷地に、庭を囲むような配置で洋館・和館・茶室・土蔵が並んでいる。庭園も、門から玄関まで弧を描いたアプローチ・洋館前のベランダと芝庭・茶室に至る露地・和館と土蔵に囲まれた中庭など多彩である。全体の雰囲気が、まさに“大正ロマン”にあふれている。
 玄関口に当たる洋館には、応接室と食堂、二階に娯楽室があった。和館は、大黒柱のある田の字型の和室や台所などで構成されている。西南隅にある茶室は、二畳半中板向切の構えである。和館の北側に土蔵二棟が連なっている。現在多くの部屋は、展示室や貸室、喫茶室などとして公開されている。


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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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