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閑話「古墳」その4
志段味大塚古墳の後円部墳丘頂部や中腹、前方部や造り出し部の上にたくさんの埴輪が並べられている(発掘された現物の複製品)。鶏形や水鳥形、大きな甕や皿のような形のものもある。ミュージアムには、巫女の姿や馬の頭部、家の形をした埴輪も展示してあった。
この古墳からの出土ではないけれど、人の形をした埴輪から推定した当時の服装を描いたパネルが展示されている。「えらい人」「武人」「庶民」などである。さらに、等身大の模型があった。鎧を着て刀をかざした「王」の姿である。

この展示を見て、私は自分の古代史観に自信をもった。「庶民」は弥生の稲作農民(紀元前3世紀~紀元後3世紀に渡来)であり、「えらい人」や「武人」は新たに(4世紀以降)に渡って来た武族集団であると。馬上の「王」は、志段味に君臨した支配者であり、古墳に埋葬された人であろう。
木棺の中からは多くの副葬品が見つかっている。当時の最先端と思われる武器や甲冑、馬具や金色の金具で飾られた帯、鈴のついた鏡などである。これら優れた副葬品からみると、庄内川流域の有力首長であったこの王は、ヤマト王権と深い関係があったものと考えられている。

この古墳からの出土ではないけれど、人の形をした埴輪から推定した当時の服装を描いたパネルが展示されている。「えらい人」「武人」「庶民」などである。さらに、等身大の模型があった。鎧を着て刀をかざした「王」の姿である。

この展示を見て、私は自分の古代史観に自信をもった。「庶民」は弥生の稲作農民(紀元前3世紀~紀元後3世紀に渡来)であり、「えらい人」や「武人」は新たに(4世紀以降)に渡って来た武族集団であると。馬上の「王」は、志段味に君臨した支配者であり、古墳に埋葬された人であろう。
木棺の中からは多くの副葬品が見つかっている。当時の最先端と思われる武器や甲冑、馬具や金色の金具で飾られた帯、鈴のついた鏡などである。これら優れた副葬品からみると、庄内川流域の有力首長であったこの王は、ヤマト王権と深い関係があったものと考えられている。

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