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神社の注連縄(しめなわ)
ここに4つの神社の写真を並べてみた。大神神社(三輪山)・出雲大社・諏訪大社(下社・秋宮)そして伊勢神宮(外宮)である。並べた理由は、「注連縄(しめなわ)」について考えてみたいからである。3つの神社には注連縄があるが、伊勢神宮だけには架けられていない。
古事記の国譲りの項で、高天原の天照大御神は「豊芦原は我が御子が知らす国ぞ」と仰せられた。そして、地上への使者として建御雷神が遣わされた。それまで地上を治め国づくりに励んできた大国主神は、息子の事代主神に相談すると「天津神の御子に譲りましょう」と答えた。
弟の建御名方神は納得せず、建御雷神に力比べを挑んだ。しかし、軽々と投げ飛ばされて信濃の国まで追いつめられた。弟神は諏訪から出ないことを約束して許され、後に「諏訪大社」に祀られることとなる。大国主命は国譲りの見返りに見事な神社を造ってもらうことになった。「出雲大社」である。

大国主命が国造りに苦心しているとき、海を照らす神が「吾を倭の青垣の東の山の上に祀れ」と告げた。こうして祀られたのが「三輪山の大物主大神」である。この3つの神社は、いずれも国津神・大国主命と縁がある。一方、伊勢神宮は天津神・天照大神を祀っている。この違いが、注連縄の有る無しにかかわるのだろうか?
「注連縄」は、神域と現世を隔てる結界の役目を果たす。古事記では、天岩戸から出た天照大神が二度と岩戸に戻れないように注連縄を張ったという。神社などの神域を囲む注連縄は、‟入ってはいけない”でなく、‟国津神はそこから出てはいけない”という境界を示しているのかも知れない。神々は10月(神無月=出雲では神有月)だけ許されて出雲に集るのである。(私の勝手な推論です)

古事記の国譲りの項で、高天原の天照大御神は「豊芦原は我が御子が知らす国ぞ」と仰せられた。そして、地上への使者として建御雷神が遣わされた。それまで地上を治め国づくりに励んできた大国主神は、息子の事代主神に相談すると「天津神の御子に譲りましょう」と答えた。
弟の建御名方神は納得せず、建御雷神に力比べを挑んだ。しかし、軽々と投げ飛ばされて信濃の国まで追いつめられた。弟神は諏訪から出ないことを約束して許され、後に「諏訪大社」に祀られることとなる。大国主命は国譲りの見返りに見事な神社を造ってもらうことになった。「出雲大社」である。

大国主命が国造りに苦心しているとき、海を照らす神が「吾を倭の青垣の東の山の上に祀れ」と告げた。こうして祀られたのが「三輪山の大物主大神」である。この3つの神社は、いずれも国津神・大国主命と縁がある。一方、伊勢神宮は天津神・天照大神を祀っている。この違いが、注連縄の有る無しにかかわるのだろうか?
「注連縄」は、神域と現世を隔てる結界の役目を果たす。古事記では、天岩戸から出た天照大神が二度と岩戸に戻れないように注連縄を張ったという。神社などの神域を囲む注連縄は、‟入ってはいけない”でなく、‟国津神はそこから出てはいけない”という境界を示しているのかも知れない。神々は10月(神無月=出雲では神有月)だけ許されて出雲に集るのである。(私の勝手な推論です)

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