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佐屋街道・尾頭橋と八熊線・住吉橋
金山駅の西南、国道19号の交差点に古色を帯びた道標が立っている。「西左:なごや道」「西右:宮海道」「南左:さや海道 つしま道」と刻まれている。江戸時代の重要な道案内である。「海道」とあるのは、「宮」「さや」から、それぞれ舟での旅となるからであろう。
東海道は「宮宿」(熱田)から「桑名宿」まで海上の舟旅となる。「七里の渡し」という。船旅を避けたい人のために陸路の迂回路があった。「佐屋街道」あるいは「姫街道」という。堀川を「尾頭橋」で、庄内川を「万場」で渡る。佐屋宿から川舟に乗って3里下って「桑名宿」に至る。


佐屋街道の南に八熊通りが走っている。現在はこちらの方が発展していて道幅も広い。堀川に架かる橋も堂々としている。「住吉橋」という。江戸時代の七橋には含まれていない。八熊通りは国道29号・名古屋―弥富線の、名古屋市内の名称である。かつて存在した八熊村の名称を引き継いだものであろう。
交通量が増えて道路拡幅を考えたとき、既存の街道には商店や民家が建て並んでいて移転は難しい。近くにバイパスとして新しい道路を造るのが常套である。八熊通りが堀川と交差するのが「住吉橋」である。型式は名古屋市内では珍しい「ラーメン橋台橋」、3連アーチの美しい外観が特徴である。このデザインは、関東大震災の復興橋梁として都市河川に多く採用されたものという。

東海道は「宮宿」(熱田)から「桑名宿」まで海上の舟旅となる。「七里の渡し」という。船旅を避けたい人のために陸路の迂回路があった。「佐屋街道」あるいは「姫街道」という。堀川を「尾頭橋」で、庄内川を「万場」で渡る。佐屋宿から川舟に乗って3里下って「桑名宿」に至る。


佐屋街道の南に八熊通りが走っている。現在はこちらの方が発展していて道幅も広い。堀川に架かる橋も堂々としている。「住吉橋」という。江戸時代の七橋には含まれていない。八熊通りは国道29号・名古屋―弥富線の、名古屋市内の名称である。かつて存在した八熊村の名称を引き継いだものであろう。
交通量が増えて道路拡幅を考えたとき、既存の街道には商店や民家が建て並んでいて移転は難しい。近くにバイパスとして新しい道路を造るのが常套である。八熊通りが堀川と交差するのが「住吉橋」である。型式は名古屋市内では珍しい「ラーメン橋台橋」、3連アーチの美しい外観が特徴である。このデザインは、関東大震災の復興橋梁として都市河川に多く採用されたものという。

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