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旧大野橋と旧大野小学校

◆少しお休みをいただいたので、投稿に間ができてしまいました。寒くなって取材ができないけれど、 写真のストックはありますので更新を続けます。◆

 二代目の大野橋は、大野駅の開設された年の翌年・昭和13年に架橋された。菅原神社のある天神山の山裾に、旧大野橋の銘板が残されている。石柱3本と当時の写真をプレートにして記念碑としている。写真を見ると、確かに吊り橋であったことと、車の通れる幅員があったことが見てとれる。
 大野駅・大野橋・大野宿鳳来館と歩き、その直線上の坂道を登ると東洋小学校に至る。小学校のグラウンドの横に駐車場があり、その入り口の門として使われているのは、旧大野橋の親柱である。モルタルが剥がれてコンクリートがむき出しになっている。古いものを大切に保存する町だと思う。

大野小学校G

 新城市立東陽小学校は坂の上にある。前身は明治期に開校した大野小学校である。この高台には臨済宗方広寺の末寺「永明庵」があったが、明治初年に廃寺となった。眺望の良いこの跡地には、崇高な教育の場にしようとの考えから小学校が開設されたのである。
 校舎の前面に大きなカヤノキが聳えている。これは永明庵の境内にあったもので、今は学校の誇り高きシンボルとして親しまれている。カヤノキの根元には、石造の「二宮金次郎像」が据えられている。これも「古いものを大切にする」土地柄であろうか。

大野小学校H

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 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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Author:FC2USER480348EQK
森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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