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御深井丸の乃木倉庫
10年ほど前、瀬戸の焼き物を訪ね歩きました。とある窯元の展示場で「御深井焼き」という表示があったので、「おふけやき」と呟いたところ、店の方がビックリされました。‟今まで誰も正確に読んだ人がいない!“と。名古屋城北西部「御深井丸」を「おふけまる」と呼ぶので知っていたのです。
「おふけやき」は、藩主が城内などで作る「御庭焼き」の一つです。窯が「御深井丸」にあったのでしょう。何人かの陶工が担当したとのことですが、今でも残っているのはこのお店だけのようです。父君が伝統的な焼き物を、娘さんが現代アートな陶磁器を制作していました。

昨日の夕刊「名古屋城の連載」の中に、「乃木倉庫」の話題が載っていました。名古屋空襲が本格化すると、名古屋城管理事務所は本丸御殿の「襖絵」や「天井板絵」を御深井丸にある「乃木倉庫」に疎開したのです。この倉庫は元々弾薬庫であり、壁の厚さが60cmもあるのです。
おかげで、1000点以上もの障壁画を守ることができました。再建成った「本丸御殿」には、この残された文化財の「複製」(専門家が作成)が飾られています。乃木倉庫は、お城の見学コースから奥まった所にありますが、貴重な「歴史の語り部」ですので是非訪ねていただきたいと思います。
≪2014・6・21乃木倉庫参照≫
「おふけやき」は、藩主が城内などで作る「御庭焼き」の一つです。窯が「御深井丸」にあったのでしょう。何人かの陶工が担当したとのことですが、今でも残っているのはこのお店だけのようです。父君が伝統的な焼き物を、娘さんが現代アートな陶磁器を制作していました。

昨日の夕刊「名古屋城の連載」の中に、「乃木倉庫」の話題が載っていました。名古屋空襲が本格化すると、名古屋城管理事務所は本丸御殿の「襖絵」や「天井板絵」を御深井丸にある「乃木倉庫」に疎開したのです。この倉庫は元々弾薬庫であり、壁の厚さが60cmもあるのです。
おかげで、1000点以上もの障壁画を守ることができました。再建成った「本丸御殿」には、この残された文化財の「複製」(専門家が作成)が飾られています。乃木倉庫は、お城の見学コースから奥まった所にありますが、貴重な「歴史の語り部」ですので是非訪ねていただきたいと思います。
≪2014・6・21乃木倉庫参照≫
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