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大府市の「明神樋門」

 境川は、三好カントリ―あたりに源を発し、尾張と三河の“境”を流れて衣浦湾に注ぐ。延長約40kmの二級河川である。五箇村川は、豊明市が源流で、境川と並行して流れて大府市で境川に合流する。元々は、江戸時代に灌漑用水を排水するために開削された人口の川である。延長約6km。
 境川には、尾張東部の丘陵地や三河の平地から流れ込む支流がたくさんある。そのひとつ、大府北東部の宝池から流れる川を明神川という。五箇村川は、天井川でもある境川より低い位置を流れているので、明神川を直接境川に流すためには立体交差する必要があった。

修正

 立体交差のための樋門は、元は木製であったが、たびたび洪水により破損するので、明治34年ごろ人造石工法により改修された。この工法は碧南出身の服部長七が考案したもので、「長七たたき」ともいい、コンクリートが導入されるまで広く使用された。
 下左の写真は五箇村川が明神川の下を流れる水門、中央は明神川が境川に注ぐ水門(明神川逆水樋門)である。「たたき」というのは、消石灰と真砂(サバ土)とを水で練り、“たたき固める”ことからいう。明神樋門の人造石は初期の段階で施工されたもので、貴重な近代化遺産のひとつである。

明神樋門G

撞木館のタイルとガラス

 撞木館の“大正ロマン”は、大道具(建物や庭園)にも表現されているが、床・壁のタイルや窓のガラスなどといった小道具にも主張されている。タイルは防水性や耐久性に優れ、形・大きさ・色合いや肌触りなどにも個性が発揮できるので、撞木館では内装のいたる所に使用されている。
 ①は洋館2階のサンルーム、床はクリンカータイルで腰壁はスクラッチタイル ②は台所のかまど、黒い釉薬タイルが使われている。③は1階のトイレ、緑色の壁は釉薬タイルである。④は台所の床、6角形のクリンカータイルである。⑤はバスルーム、様々な陶磁器が使用されている。

撞木館ガラスG

 陶磁器商の建てた邸宅だけあって、当然のようにタイルは豪華に使われているが、それにも増して窓などのガラスにも力が入っている。玄関や応接間など主要な場所にはステンドグラスが、和室や台所にもセンスの良い型板ガラスが用いられている。こんな所にも、大正・昭和のレトロが感じられる。
 ⑥は風呂場の入り口、銀杏の枝にとまった小鳥のステンドグラス ⑦は応接間の天窓、3連の窓いっぱいに装飾されている。⑧は玄関土間からホールへの扉 ⑨は縁側と中庭を隔てるガラス戸 ⑩は和室の障子風の戸である。他にも食器戸棚や雪見障子にも型板ガラスを見ることができる。

撞木館ガラスH

文化のみち「撞木館」

 江戸時代、名古屋城の東には武家屋敷が並んでいた。お城に近いほど上級の武士が、離れるほどに下級の武士が屋敷を構えていたという。国道41号東の撞木町あたりは中級の武士が住んでいたところである。「撞木館」は、大正から昭和にかけて活躍していた陶磁器商が建てた邸宅である。
 名古屋に、輸出向けの陶磁器絵付け業が芽生えたのは明治10年以降である。主として九谷方面から画工を集めて上絵付加工を行い、神戸・横浜の外国商館と本格的な取引を始めたのである。明治20年代になると、瀬戸・多治見にも通じる街道や船積みする堀川にも近い東区一帯が、陶磁器産業の一大集積地になった。

撞木館G

 撞木館は、約600坪の武家屋敷の敷地に、庭を囲むような配置で洋館・和館・茶室・土蔵が並んでいる。庭園も、門から玄関まで弧を描いたアプローチ・洋館前のベランダと芝庭・茶室に至る露地・和館と土蔵に囲まれた中庭など多彩である。全体の雰囲気が、まさに“大正ロマン”にあふれている。
 玄関口に当たる洋館には、応接室と食堂、二階に娯楽室があった。和館は、大黒柱のある田の字型の和室や台所などで構成されている。西南隅にある茶室は、二畳半中板向切の構えである。和館の北側に土蔵二棟が連なっている。現在多くの部屋は、展示室や貸室、喫茶室などとして公開されている。


季節通信80アザミ

文化のみち「主税町教会」

 市政資料館(旧高等裁判所)から「文化のみち」を東に進み、国道41号を渡るとすぐに古風な教会が見える。「カトリック主税町教会」である。この地に初めてカトリック教会が置かれたもので、明治20年(1887)のことという。
 フランス人宣教師らが武家屋敷を購入し、長屋を改造して教会とした。その後明治37年に、現在の原型となる聖堂(礼拝堂)が建てられた。正面に急こう配の屋根があり、その上に十字架が立っている。屋根全体を見ると普通の切妻瓦葺である。わずかな造作で雰囲気が出ているので感心する。

高岳駅 修正

 礼拝堂の斜め前に「鐘楼」が建っている。当初は明治23年頃に建てられたが、昭和40年の道路拡幅のため取り壊されてしまった。写真は、平成2年に位置を移して復元されたものである。鐘楼の鐘は、明治23年にフランス・マルセイユで造られたものという。
 芝生の庭の端に「ルルドのマリア様」が設置されている。フランスのルルドの地で、1858年に起きた“聖母マリアの出現”の模様を再現したものである。礼拝堂の横にケヤキの大木が茂っている。直径1mを超す古木で、教会ができる前の武家屋敷の時代からあったものと思われる。

文化のみち教会G

尾張大橋と立田のハス

 国道1号(東海道)が木曽川を渡る橋を、「尾張大橋」という。すぐ上流を近鉄名古屋線とJR関西本線が走っていて、2本の鉄橋も合わせて見ることができる。昭和5年に着工し昭和8年(1933)に完成した。
 長さ約880m、幅は7.5m。2車線の道路であるが、今では広いとは言えない。型式は13連の「下部ランガートラス」である。トラスを上弦のアーチで吊り下げる構造で、当時としては最高の技術を駆使しているという。塗装の色はグレーで、形ともども落ち着いた雰囲気を見せている。

尾張大橋G

 尾張大橋から5kmほど北、県道125号・佐屋多度線に道の駅がある。その隣に「森川花はす田」があり、今を盛りとハスの花が咲いていた。「立田の蓮根(れんこん)」と言われるように、この辺りは日本有数のレンコン産地であるのだ。
 弥富市からここまで(愛西市)の間にも、点々とハス栽培の田があった。「森川」は観光用でもあるので、多品種のハスを栽培していて花色も豊富である。今年はコロナの影響かもしれないが、10年前に訪れた時には、背丈より高いハスの花を見るために、階段を登る木製デッキが出来ていた。

立田の蓮根


季節通信14ハス


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ブログを始めるに当って

 私ども「中部復建」は、戦後から一貫して土木施設の計画設計に携わってきました。地域の皆さんに、より身近に土木を感じて頂きたく先人が残してくれた土木遺産等を訪ね歩き≪中部の『土木文化』見てある記≫として、皆さんに紹介していきたいと思い、このブログを発信する事としました。  

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プロフィール

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森 田 高 尚
昭和21年6月 半田市生まれ
平成12年 東山植物園長
平成17年 名古屋市緑地部長
平成19年 中電ブルーボネット園長
平成24年 中部復建技術顧問
技術士:(建設部門・環境部門)
公園管理運営士 
著書:『園長さんのガーデンライフ』
監修:『世界一うつくしい植物園』
 (著者:木谷美咲)
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